2022年6月5日日曜日

兵庫の地学散歩……大地を科学する:第十二回 武庫川渓谷廃線跡ハイキング道

觜本 格(かがく教育研究所)

鉄道の廃線跡コース

JR福知山線は大阪を出発し阪神間の各都市を縦断するように走る。宝塚を過ぎ、生瀬から武田尾まではトンネルを行く。北摂山地を貫く城山トンネルは、いったん名塩で地表に出て温泉で有名な武田尾まで続く。このトンネルが一九八六年に完成するまでは、鉄道は単線で、武庫川渓谷に沿って走っていた。開通によってこれまでの線路は廃線となった。JR西日本は線路敷を「立ち入り禁止」としたが、多くの市民は渓谷の自然と鉄道遺構に魅せられてハイキングを楽しんでいた。
武庫川渓谷の自然と景観を守る運動を続けてきた「武庫川円卓会議」(21世紀の武庫川を考える会、武庫川を愛する会、兵庫県勤労者山岳会)は廃線跡の開放を求めて運動を展開し、JR西日本や自治体に要請と懇談をした。その結果、二〇一六年十一月にハイキング道として整備され、一般開放が実現した。武庫川渓谷廃線跡ハイキング道は生瀬~武田尾間全長六・五㌔㍍、二時間程度のコースで、かつて鉄道が走っていたレンガ積み・石積みのトンネルが六個、武庫川を横断する鉄橋が楽しい。川沿いの自然景観も素晴らしい。

北摂山地の先行河川

丹波篠山市愛宕山付近を源流として、三田盆地を南下する武庫川は北摂山地を蛇行しながら横断して流れる。ここが急流の武庫川渓谷である。その後大阪平野の西部の宝塚、伊丹の台地、西宮、尼崎の低地をゆったりと流れて大阪湾に注ぐ。中流域に急流をもつ変わった川である。
北摂山地を横断しているということは、山地ができる前に川が流れていたことを意味している。北摂山地は六甲山地と同じ百万年前から隆起してきたと考えられるので、武庫川はそれより前からこの場所を流れていた。このような河川を先行河川という。しかも、山の中で大きくうねるように蛇行している。かつてこの場所は川が蛇行して流れる平野であった証拠である。山地の隆起に抗して、山を削る侵食力が優り、武庫川はその位置を譲らなかった。このような川の流れを穿入蛇行(せんにゅうだこう)という。

白亜紀の火砕流堆積物

武庫川渓谷のもう一つの魅力は川の流れが切り取った岩壁と河床の景観である。ここに露出している岩石は中生代白亜紀(七千五百万年前)のもので、有馬層群と呼ばれている。その時代、広い範囲で地下のマグマが地表に噴き出す激しい流紋岩質の火山活動があった。マグマが流れて固まったら流紋岩になる。火山灰が降り積もって固まれば凝灰岩、それが熱と重みで溶けてつぶれ固まったら溶結凝灰岩になる。高温のガスと火山灰、岩片が混然となって山腹を高速で流れ落ちる火砕流が堆積しできたものである。武庫川渓谷のものは玉瀬溶結凝灰岩と呼ばれている。
有馬層群の厚さは二千㍍を越し、その岩相と分布から直径が十五㌔㍍ものカルデラがあったことが分かっている。カルデラは大量のマグマが噴き出した跡にできた空洞の天井部が崩れ落ちて形成される巨大な窪地である。そこに水がたまるとカルデラ湖ができる。洞爺湖や十和田湖がカルデラ湖である。有馬層群の下部にある増川層はカルデラ湖にたまったレキ・砂・泥からなる地層であり、武田尾の北方や清荒神付近に分布している。

巨大ダムに頼らない治水と景観の保全

一九九〇年代に兵庫県は「百年に一度の大洪水を防ぐ」という目的で、渓谷に堤長百六十㍍、堤高七十三㍍の「武庫川ダム」を建設する計画を提案した。それに対して多くの県民や団体が反対し、「武庫川渓谷の豊かな自然を守れ」「治水の有効性のない巨大ダムはいらない」と主張した。世論の高まりの中で、県は二〇一一年に「今後二十年間はダムに頼らない総合治水」をすすめる「武庫川流域河川整備計画」を策定した。もし「武庫川ダム」が実現していたら、廃線跡ハイキング道はダム湖の水中だった。
武庫川流域では過去にたびたび洪水・土砂災害が発生し、大きな被害を受けてきた。自然災害から命を守る対策をしっかりすることと、豊かな自然環境の保全をしていくこととが両立ができることを示すモニュメントとしてこのハイキング道を大切にしたい。多くの人に歩いてもらいたい。

(元神戸市立中学校理科教員・元神戸親和女子大学教授)

*この記事を書くにあたって「武庫川渓谷廃線跡ハイキングガイド」(21世紀の武庫川を考える会編・日本機関紙出版センター発行)を参考にした。

(兵庫民報2022年6月5日付)10:30