2021年9月12日日曜日

ジェンダーわたしの視点「自己主張せず堪えるばかりと見えた母が」日本共産党尼崎市議 松沢ちづる


一九二八年生まれの九十三歳の母は、岐阜県の山深い白川町で弟夫婦と一緒に暮らしています。
隣村の長男である父と結婚、祖父母とともに夫婦で田畑を開墾しながら、私を含め五人の子どもを育ててきました。口数が多くないほうで、PTA会長や農協役員などを務める父の陰で、自己主張せず堪えるばかりの人生だと、子どもながらに母をそう見ていました。
私は、母よりもっと広い世界で自分のやりたいことをやり、言いたいことが言える人生を歩みたいと思い、看護師、保健師の学校に進み、十八歳で田舎を出ました。そのため、祖父母や父を介護し看取った母の苦労や思いをそばで見つめることはできませんでしたが、認知症になった祖母の介護を振り返って、自分の子どももわからなくなった祖母が、自分のことだけは最期までわかっていてくれたと話す母はうれしそうに見えました。
母の米寿を子・孫・ひ孫でお祝いをするのに、鳥羽のホテルで一堂に会しました。費用は子どもで持ち合うことにしていましたが、母がどうしても自分で払うと言って聞きません。「お父さんも米寿の祝いを自分のお金でやらせた。私だってそうする!」そう言って、ポンと札束を出しました。かっこいい! 自己主張せず堪えるだけの人生ではなかった母を見た瞬間でした。

(兵庫民報2021年9月12日付)14:00