2021年7月4日日曜日

ジェンダーわたしの視点「娘たちに同じ思いをさせたくないと運動を続け」新日本婦人の会姫路支部 河上桂子(ペンネーム)


母が働いていたため、明治生まれの祖母に、「女の子は愛想よくしなさい」「女の子はこんなことはしてはいけません」など言われて育ってきました。大好きな祖母だったので、素直に疑うこともなくそうしてきました。
私は、団塊の世代です。結婚したら「良妻賢母」―それはごく普通のことと思っていました。そして夫を支え、子どもを育ててきました。
ところが、結婚十三年目で夫の父が七十歳になった峙、夫の両親の世話をするために、子ども二人(女子)と共に三人で、田舎へ帰ることになりました。夫の両親から帰ってきて欲しいといわれたわけではありません。まだまだ元気でしたが、親が年を取ったら「長男の嫁」として面倒を見るのは当たり前という周囲の雰囲気と、夫の命令で、帰らざるを得ませんでした。それから、結婚とはなんだろうか。夫婦とはなんだろうか。疑問がふつふつと沸き、葛藤が続きました。
娘が中学生になって、英語の個人塾の女性の先生から「姓を元の姓に変えます。離婚したわけではありません」と、手紙を受け取り、「はっ」と気が付いたのです。夫はパートナーとしての私ではなく、「家」に貰った「嫁」という考えだった。そのことに気が付きました。
夫と別居してまで、義父母の世話をする。それを当たり前と見る地域、親族、家庭内で「嫁」として高齢者の世話をし、妻として家事、育児を担ってきた女性たち、「家意識」「性別役割分担」この意識が今でも根強く残っています。
娘たちには、このような思いはさせたくない。明治以降、祖母から母へ、母から娘へと続いてきた女性の生き方、家族のあり方など女性が一人の人間として、生きていける世の中にしたい。娘が大人になるまでには変えておきたい。
その思いで、私に目を開かせてくださったその英語の先生と一九八九年に「女性の地位向上を考える会」を立ち上げました。一九九五年に北京で行われた国連世界女性会議に誘っていただき、ご一緒に参加して、国内で運動しておられる数々の先生方にもお会いでき、大変刺激になりました。
娘たちには、「精神的、経済的」に自立した女性であって欲しい、と思い育ててきました。長女は仕事を続け、結婚して職場では通称を使っています。
選択的夫婦別姓が早く実現しますように。運動して三十年以上経っても、実現していません。

(兵庫民報2021年7月4日付)
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