2021年5月30日日曜日

観感楽学「人の流れと人流」


「人流」という言葉が日本を徘徊している。コロナ第四波になって都知事や首相が記者会見で繰り返し使っている。人の流れといえばいいのに、また字数が多いというなら人出ですむ。でもこの語感、どうにも気持ちが悪い。それを使っている人のせいだけではなさそう。同じことを感じる人はいるもので、ネットで調べてみるとさまざまに研究されている▼それによれば、「人流」の最古の用例は一九七一年までさかのぼるそうだ。以来、おもに官庁内で流通してきた用語だとされている。官庁言葉といえばたとえば司法用語(読み)として、懲役三年「六月」はロッカゲツでなくロクツキと発音するのはテレビドラマの『イッケイのカラス』でもおなじみ。でも「人流」への違和感はまだ残る▼言葉で困ったときは辞書。見出し語の一番多い『日本国語大辞典』にも載っていなかったが『大漢和辞典』にはあった。中国六世紀頃に書かれた『顔氏家訓』で使われており、その意味は「普通の人」。「流」とは「ながれ」だけでなく「やりかた・様式」を指す場合もある。いまの日本でも我流・他流などと使われるが人流の元々はそれに近い用法▼人の流れを安易に短縮し「人流」などと上から目線でいうのはやめていただきたい。普通の人の言葉遣いを切に望む。(T)

(兵庫民報2021年5月30日付)