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2021年4月18日日曜日

民主主義の日本めざして――「川崎・三菱大争議」100年:第十五回 一九二五年・治安維持法と国民主権めざす共同の闘い

田中隆夫(治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟県副会長)

一九二五年二月十一日、東京芝・有馬ヶ原での治安維持法反対集会。三千人が参加。
(『写真記録集 日本共産党の60年 1922―1982』から孫引き)

民主主義要求する国民を抑圧へ 普選と治安維持法は一体で推進

第一次大戦後、欧州では、帝政が英国を除き崩壊。日本では、米騒動、川崎・三菱大争議に続き、今連載で見る通り全領域で民主主義を求める運動が帝国主義体制を揺るがした。
支配層は、国家統治危機と受け止め、内務省、司法省は新たな国家体制改革を準備する。治安警察法十七条「煽動」「誘惑」処罰での事実上の組合・争議禁止は、大争議でも事実で打破され、撤廃となった。
続いて、連載第七回で見たように大争議直後から、複数政党による政府、市民的自由の一定枠内の承認、男性普通選挙実施で、体制内の政治闘争へ、と「民主主義」の支配者側の枠内への取り込みを開始した。
天皇制を変革し国民主権を主張する共産党(一九二二年七月誕生)の存在が明確になり、弾圧の力を集中する必要が生まれた。一方で選挙戦の不正腐敗防止強化で政党権威を確立し、天皇制下の国民統合のために「民主主義」としての価値低下を防ぐ普通選挙制の実施で、体制内改良主義政党の育成を計った。
改良主義政党と革命運動の結びつきを取り締まる治安維持法の制定は、体制側に取って必須となる。その意味で、普選実施と「国体の変革」=天皇制の打破を目指す日本共産党の存在阻止の二つは、以前から内務官僚により同時に準備され、一九二五年護憲三派・加藤高明内閣の手で実施されたのは天皇制支配層にとって、当然の措置であった。

政治的自由めぐる共同の闘いの開始

一方、一九二四年末の治安維持法国会上程をうけ、労働総同盟東京地評が、まず反対運動に立ち、翌一月十九日総同盟神戸機械造船組合が反対運動を開始。二十二日西宮で灘製樽工組合・反対演説会、三十一日総同盟大阪連合会等が天王寺公会堂千名参加で二大悪法批判・普選批判演説会で青柿善一郎総同盟神戸連合主事ら演説、尼崎図書館でも演説会。二月七日総同盟尻池支部六十名。二月十五日関西総同盟大デモで朝鮮人労組・水平社含め千八百八十九名。二月十六日総同盟尼崎主催演説会二百名。二月十七日総同盟神戸、海員組合、同刷新会など共催で下山手演説会千名。二月二十二日神戸主要労組が結集した総同盟神戸、地方労働団体共催デモ四百名で共同行動前進、青柿善一郎司会、奥田宗太郎演説、田中松太郎挨拶等その後に共産党へ入党する三名がリード。国会議員は、清瀬一郎、尾崎行雄、武藤山治等十八名反対、清瀬は、最終日も撤回、延期動議提出。
闘いは、初の労働者階級による政治的自由をめざす共同の闘いの経験を作り、治安維持法下の国民主権めざす闘いの展望も示唆した。
 
【参考】「労働者新聞」、渡辺治「治安維持法の成立をめぐって」、木坂順一郎「治安維持法反対運動」

(兵庫民報2021年4月18日付)