2020年9月13日日曜日

空襲と戦災遺跡から平和を考える:芦屋平和委員会「あつまれひろがれ平和のわ」

講演する学芸員の竹村さん。

芦屋平和委員会(濱本美津子会長)は九月五日、第八回「あつまれひろがれ平和のわ『芦屋の空襲と戦災遺跡から平和を考える』」を芦屋市民センターで開催しました。 
四月に総会企画として予定していましたが、新型コロナ問題で総会を中止・延期にしたため、「平和のわ」の今年の企画に変更して開催したものです。講師は、芦屋市の「出前講座」として教育委員会の竹村忠洋学芸員にしていただきました。竹村氏は近現代の考古学が専門ですが、遺跡調査の際に見つけた穴が空襲による爆弾跡であるとの証言を近くに住む方から得たことをきっかけに、太平洋戦争に関わる遺構・遺物の調査研究に取り組んでいます。
芦屋では一九四五年五月十一日、六月五日、六月十五日、八月六日の四回の空襲がありました。竹村氏は、五月と六月は他市の攻撃の余波だが、八月の空襲は芦屋の市街地も目標とされて焼夷弾攻撃がされ、芦屋の市街地の三割が被災したことを説明。このときの空襲で八十九名が犠牲となり、四回全体では百三十九名が死亡しました。
竹村氏は参加者の質問に答えて、「近現代を調査対象としているが、太平洋戦争だけは『歴史のできごと』としてすませてはならないと思っている」と述べ、「七十五年前にあったことが信じられないという人がいるが、それだけでは今から七十五年後に『七十五年前にそんな平和な時代があったのか』ということになりかねない」「当時も平和やデモクラシーが進んでいた時代から戦争へと突き進んで行った。今からも戦時体制になることはあり得ると思っておかなければならない」と強調しました。また、行政の役割に関して「戦争遺跡は文化財にはならないので、残っているものを集約して公開していかなければならない。継承をいかにしていくかが課題です」と語りました。
今後、芦屋平和委員会では実際に戦災遺跡を見学することなどにも取り組んでいく予定です。
―平野貞雄(芦屋平和委員会事務局長)

(兵庫民報2020年9月13日付)