2020年1月12日日曜日

ノーモアヒバクシャ近畿訴訟・傍聴記:ますます気になる「医学的な解明」の訴訟指揮

副島圀義

十二月二十四日の大阪高裁でTさんについての第二回弁論。裁判長は十月に続いて「慢性肝炎の放射線被ばく起因性」にこだわっていました。

「控訴人(被爆者)の何が新しい主張なのかがよく分からない」「従来(一審)の主張の補強なのか」「ナッフルDではないというのか、あるというのか」「脂肪肝なのかどうか」等々、裁判長が弁護団に聞いたりするのですが、慢性肝炎についての専門知識のない者にとっては??の連続です。
「生活習慣病」とされる諸症状自体、被爆による影響がある、ということを素直に認めようとしない国の立場にのまれてしまっている感じがしてしかたがありません。
「医師の証言を求めるかどうか」では、国側の「必要なし」に対して弁護団には「九十分必要か? 双方四十五分とかでもいいのでは?」と聞いて、「双方四十五分で医師の証人調べをする」ことになったのは、まぁよかったと思います。が、そこでも「一審での医師証言とどこが違うのですか?」と聞いたりしています。
結局、一審の判決を維持するのか、変更するのかを、もっぱら「慢性肝炎とは?」との「医学的解明」の枠でしか考えようとしていない感じが否めません。
前回と同じく、もっぱら「医学的解明」に傾く訴訟指揮がたいへん気になったことでした。

「原爆症という特殊な病気はない」というのは、ある程度はあたっているかもしれません。
しかし、通常の環境のもとで特定の臓器が病気になるのと、全身が外からも中からも放射線を浴びて、さまざまな身体機能が少しづつ広範に影響を受けたことの相乗作用の結果が出ることには、違いがあっても当然ではないでしょうか?
「原爆ぶらぶら病」は比較的早い時期に問題になりましたが、年月が経った今、あらためて思い起こしてもいいのでは、とも、最近思うようになっているのです。

一月三十一日の地裁判決はじめ、「大詰め」の様相で日程が決まっていき、しっかり見据えて臨まねば、と痛感する日々です。

(兵庫民報2020年1月12日付)