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2019年10月23日水曜日

『トスカーナの幸せレシピ』を観て:福祉とは、教育とはなにか、それは……納得させられるヒューマン・コメディ

フルパワーで対立・協力するアルトゥーロとグイド

平野喜一郎(三重大学名誉教授・経済学)

フィレンツェを州都とするトスカーナ州で開かれる料理コンテストにむかってストーリーが展開する。重い現実に生きる人間をリアルに描きながら、そこに人間の希望としあわせを見出そうとする感動作である。
元一流シェフのアルトゥーロ(写真左)が、たちの悪い同僚に暴力をふるい、傷害事件の犯罪者となる。そのため恵まれた地位を失って更生のために自立支援施設に派遣される。その施設ではアスペルガー症候群の青年たちに料理を教えることになる。そこで特別の味覚を持つ青年グイド(写真右)に出合う。グイドは若手料理コンテストに参加することになり、その指導者として元シェフがグイドと行動を共にする。
この作風で最も成功した作品は、二〇〇八年製作のマンフレドニア監督『やればできるさ』である。二〇一一年に『人生、ここにあり!』という題名で日本でも全国公開され多くの人を感動させた。精神病院が廃止になり、その受け皿として社会連帯協同組合がつくられ、そこで患者たちは、簡単な労働にたずさわっていた。そこで患者たちと彼らを指導する労働組合員や医師との葛藤と協力であった。
『トスカーナの幸せレシピ』は、挫折した元一流シェフと施設の若者が施設の女性指導者の協力もえて、困難を克服し、「やればできるさ」を証明した作品である。仕事への誇りと人間の連帯がテーマである。原題は «Quanto Basta»(適量)で、これは料理の極意である。

アスペルガー症候群

アスペルガー症候群は知的障害を伴わない自閉症であり、他人とのコミュニケーションがうまくいかず、興味の対象が限られ、特定のことがらにこだわりをもつ。すぐれた芸術家や科学者にも多く、アスペルガー症候群は個性であって病気ではない。
国連で「地球温暖化が人類の生存を脅かす」と訴え世界の青年たちを立ち上がらせた高校生グレタ・トゥーンベリさん、彼女は自分がアスペルガーであると公表した。「アスペルガーは一つの才能であり、アスペルガーでなかったらこうして立ち上ることはなかった」といっている。

人間の誇りをかけて

グイドは料理の食材当てに特別の才能を持ち、食材には特別のこだわりがある。彼は若手料理コンテストに出場することになり、元シェフ・アルトゥーロと車で会場にむかう。
グイドは決戦に残るが、その時、アルトゥーロに名誉を取り戻す大仕事の話が舞い込み、それを引き受けるとコンテストでの指導ができなくなる。名誉回復のチャンスを得られそうなアルトゥーロと、優勝を目の前にしたグイドがとった態度は? 人間の誇りをかけた瞬間である。アルトゥーロは自分の社会復帰か、グイドの成功かの選択である。グイドは自分のコンテストでの優勝か、アルトゥーロの料理人としての誇りかの選択である。

社会連帯によって

『トスカーナの幸せレシピ』も『やればできるさ』も孤立してではなく社会連帯によって人間の尊厳をかちとる物語である。ただし、対立・協力する両者の立場はちがっている。
『やればできるさ』は、精神医療について何も知らない組合員と、込み入った作業のできない患者たちという、アマチュアどうしの対立・協力である。『トスカーナの幸せレシピ』のほうは、料理という共通の目標をもっている。元一流シェフと料理に一家言を持つ青年というプロどうしの対立・協力である。ふたりの共通の合言葉は「フルパワー」である。
いずれの作品も厳しい現実に目をむけた重くて深刻なテーマである。しかし、両作品ともコメディとしてつくられた涙と笑いのドラマになっている。イタリアでは深刻な悲劇もコメディになる。
これらの作品は、イタリア映画のすぐれた伝統にたっている。戦後イタリア映画の原点は、第二次大戦後のイタリア・ネオレアリズモである。それは、人間の尊厳と自由を守るために連帯してファシズムと闘った民衆のレジスタンスを記憶にとどめようということから始った。このネオレアリズモの伝統を受けつぎながら、過酷な現実にイタリア人特有の明るさ、ユーモアや笑いを加味した作品がその後のイタリア映画の貴重な流れとなっている。
この『トスカーナの幸せレシピ』はヒューマン・コメディとしてもイタリアでたかく評価された。
福祉労働者や教師にはぜひ見てほしい。福祉とは、教育とはなにか、それは人間の尊厳と連帯であることを納得させられる。
そして誰よりもアスペルガー症候群のひとたちに、その家族に観てほしい。自分のこだわりに自信を持って、誇りをもって生きることを教えてくれる。

『トスカーナの幸せレシピ』

監督・脚本:フランチェスコ・ファラスキ 製作総指揮:アンドレア・ボレッラ 主演: ヴィニーチョ・マルキオーニ、ルイジ・フェデーレ、ヴァレリア・ソラリーノ/2018年・イタリア映画・92分/配給:ハーク/後援:(一社)日本自閉症協会、(一社)日本発達障害ネットワーク、上映協力:(一社)障害者映像文化研究所/上映:シネ・リーブル神戸11月1日(金)~、シネ・リーブル梅田10月25日(金)~、京都シネマ10月26日(土)~

映画公式サイト:http://hark3.com/toscana/



(兵庫民報2019年10月27日付)

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