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2019年1月6日日曜日

観感楽学

年を重ねるごとに歳月の過ぎるのが早くなる。同じ一年でも二十歳の一年は二十分の一、八十歳の一年は八十分の一だからそう感じるのかもしれない。つい最近の事のように思っていたあの阪神・淡路大震災から間もなく二十四年である▼阪神・淡路大震災はボランティア元年と呼ばれているが、私が救援活動の拠点としたのは神戸・元町駅北側の旧・診療所跡だった。ここには、連日救援物資が届き、二十歳前後の若いボランティアが続々と集まってきた。東京や仙台から、寝袋を抱えてやってきた青年たちは、毎日、がれきの街に飛び出し、水や食料の調達、瓦やがれきの撤去など、寝食を忘れて駆け回ってくれた▼震災から十日ほどたったある日、私は、事務所に戻ってきた彼らを車に乗せ、神戸を一望できるビーナスブリッジまで連れて行った。この場所は、「百万ドルの夜景」―神戸自慢の街と港がきらびやかに見えるビューポイントであった。しかしその時、若者たちが見たのは街の光も消え悲しげに沈む街の姿であった▼このビーナスブリッジで毎年一月十七日五時四十六分、凍えるような寒さのなかで追悼の鐘を打ち、明けやらぬ街に向かってトランペットの音が流れる式典が行われてきた。この諏訪山での荘厳な儀式は、残念ながら今年でピリオドが打たれる。震災から四半世紀、主催してきた安田秋成さん、石田健一郎さんはそれぞれ九十三歳と八十三歳に。病と闘いながら、体力の限界まで継続されてきた両氏はじめ関係者に心から敬意と感謝をささげたい。(D)

(兵庫民報2019年1月6日付)

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