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2018年11月25日日曜日

救援バザー実行委員会東日本大震災被災地ツアー

気仙沼市・杉の下の慰霊碑前で説明を聞く参加者

被災7年半の困難さと復興への動き

平松順子(実行委員会)

東日本大震災から七年半、救援バザー実行委員会は十一月十一~十三日、八回目の現地ツアーをとりくみました。丹波や尼崎からの参加もあり、大沢たつみ元参院議員をはじめ総勢三十三人が参加しました。

神山県議

福島空港で現地の支援センターの大橋利明さん、渡辺武男さん、神山えつ子福島県議と合流、渡辺さんと神山県議がバスにのりこみ、原発被災地である富岡から大熊・双葉・浪江町と移動しながら、被災地と被災者の現在の状況、原発の汚染水や汚染土の行方などをお聞きしました。

原発事故は「収束」として大型開発推進

国と福島県が一体になって、オリンピック(二〇二〇年)までに、事故は収束したことにしたいという思惑で事業を進めています。「イノベーション・コースト構想」という名の大型開発に毎年七百億円もの多額の予算を投入。その一方でモニタリングポストを八割以上撤去。汚染土を道路建設などに埋め込み全国にばらまくなどの計画まであります。
神山県議はこうした動きに対し県議会で日本共産党県議団が厳しく追及していることを報告しました。

荒廃した自宅

三人と離れたあと、案内してもらった相馬市観光協会の井島順子さんは、南相馬市小高で被災。避難解除になった家に帰ったらイノブタの死骸が横たわり、そこに大きなネズミが群がっていて、もう帰れないと思ったといいます。
同市の津波犠牲者は四百六十八名ですが、まだ行方不明者も残り、十一日の月命日には自衛隊が遺体の捜索を今も続けています。

米全袋調査、新品種開発など復興への動きも

一方で、相馬産の米は全袋調査するので国の基準よりも安全性は高いと井島さんはいいます。
震災後から東京農業大学の学生が支援にはいり、汚染物質の除去に研究を重ね、「天の粒」という品種を生み出したり、市内四カ所にメガソーラーをつくったりと、復興に向けての動きも井島さんから聞きました。
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二日目は、遠野のふるさと村を見学し、南三陸鉄道にも釜石駅から盛駅まで乗車しました。

地震の津波のメカニズムを知る必要

さらに三日目には気仙沼のボランティアステーションの菊田忠衛さんから話をききました。
菊田さんは、両親が津波の犠牲になったことから、地震と津波とのメカニズムを自ら詳しく解明しました。行政のハザードマップに頼って避難した結果、杉の下の町民が六十人も犠牲になったこともあげ、地震と津波のメカニズムをしっかり知ることでしか、被災を免れることはできないと強調しました。来年三月には震災伝承館ができ、菊田さんはそこで引き続き津波の体験を伝承していきたいと決意を語っていました。

政治の役割の重要性を痛感

福島から宮城、岩手までを移動し、大変充実した三日間でした。
南三陸鉄道の車両前で

参加者からは――
「現地に来て、被災者の方から直接お聞きすることの意味を再認識した」
「七年経過した今も陸前高田市や気仙沼の海岸はかさ上げ工事が続けられているという状況を目の当たりにし、福島の被災者はまだ多くて三割の住民しか戻っていないことなどを考えると、政府も自治体も被災者の実態に見合った対策をとり続けることこそもとめられていると思った」
「政治の役割の重要性、原発の再稼働の無謀さにあらためて怒りを覚える」
―などの感想が寄せられています。


(兵庫民報2018年11月25日付)

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