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2018年4月1日日曜日

井口克郎:「健康権」と日本社会(1)


借り上げ復興公営住宅問題でも浮かびあがってきた「健康権」と日本社会について神戸大学大学院人間発達環境学研究科の井口克郎准教授に寄稿していただきました。(小見出しは編集部/写真上は3月1日、大阪弁護士会館での借り上げ住宅裁判の報告会で発言する井口准教授)

第一回 「健康権」とは何か?――概念と枠組み――

皆さんは、「健康権」という権利をご存知でしょうか。日本ではあまり知られていないかもしれません。
健康権(right to health)は、日本国憲法第二十五条及び国連の国際人権規約第一規約「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(一九六六年採択、一九七六年発効、日本一九七九年批准)第十二条に規定されている、人々の基本的人権の一つです。この間、世界保健機関(WHO)等もその実現に向けた取り組みを精力的に展開しています。
過労死や過労自殺の問題、医療や介護サービスが十分に受けられない人々の問題、家族介護や看護における在宅介護者の疲弊、福島原発事故等の放射能による被害など、多くの人々の健康が政策的に脅かされている今日、その改善や予防のために健康権はもっと多くの人に知られるべき基本的人権です。

憲法25条の健康権規定を具体的・明確化した国際規約第12条

憲法二十五条は、健康で文化的な生活を営む権利を市民に認め、国家に対しそれを実現するための社会保障や社会福祉、公衆衛生の向上・増進に努めなければならない義務を課しています。この憲法の健康権規定をより具体的かつ明確化したものとして位置づけられるのが、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」第十二条です。
「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」第十二条一項は、健康権の内容について、「この規約の締約国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める」とし、「到達可能な最高水準の身体および精神の健康」を享受することを人々の権利として明確に位置づけています。また二項では、締約国(国家)がそれを完全に実現するため、必要な措置を取らなければならないこと(義務)を規定しています。

健康権の内容――「一般意見第14」

この十二条の法文自体はそんなに長くなく、内容はやや抽象的なのですが、国連では、十二条の内容を具体化したものとして、経済的・社会的及び文化的権利委員会が「一般意見第十四」(以下、「一般意見第十四」)を提示しています。この内容は多岐にわたり、健康権の内容がかなり細かく規定されています。その一部をご紹介すると、以下のような内容です。
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第一に、健康権は、二つの権利的側面を包含する権利です。健康を考えるにあたりまず大事な権利は、個人の「自由」です。これは、個人が自らの健康と身体をコントロールする権利、国家などに自らの健康を害されない権利を含みます。つまり、人々の自身の健康や身体のあり方に関する自己決定が健康権ではまず非常に重要視されています。もう一つ重要なのは、社会保障サービス等の「受給の権利」です。こちらは、到達可能な最高水準の健康を享受するため、国家等による社会保障制度などの健康保障制度へのアクセスの機会が人々に差別なく平等に保障されることです。健康権は、以上の両面を包括した権利です。
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第二に、「到達可能な最高水準の健康」という表現の意味合いについてですが、健康状態というものはその時々によって個人差があり、年齢や遺伝的特性等により個人によって達成できる水準は異なります。よって、健康権の内容は、人々が健康に関する潜在能力を発揮できるようにすることを重要な目標としており、「到達可能な最高水準の健康の実現のために必要なあらゆる設備、機器、サービス、条件、教育及び情報を享受する権利」と理解されています。
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限られた紙数の中で健康権全体の体系を示すことは不可能なのですが、そのほか、「一般意見十四」においては、社会保障制度等へのアクセスの無差別平等、健康権の後退禁止など、様々な健康権保障における国家の義務が明示されています。

健康権規定に照らし社会保障サービス受給阻害・後退策の違憲・違法性追及を

今日、安倍政権の下では、社会保障費抑制政策に伴う、医療・福祉分野等における社会保障サービス受給阻害・後退策(自己負担の増加や、制度側による利用者の選別等)が多く展開されています。これらは、健康権規定に照らし合わせれば明確に反していると考えられるため、健康権規定に照らし合わせてそれらの違憲・違法性を追及することが今後重要な課題になってくるでしょう。
(三回連載・つづく)

(兵庫民報2018年4月1日付)

「一般意見第十四」の日本語訳は日弁連サイトの国際人権ライブラリーにPDFファイルがあります。→ https://www.nichibenren.or.jp/activity/international/library/human_rights/society__general-comment.html

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