記事を検索

2017年10月21日土曜日

原発事故から6年半の福島を訪ねて

川崎 環(神戸市西区)

十月八日から三日間、職場のOB会の福島ツアーに参加しました。これまでも東日本大震災後に、避難者健診や現地の放射線量測定に関わってきた東神戸診療所の郷地秀夫医師の紹介で、飯舘村、浪江町の方に現地を案内していただきました。

飯舘村役場前の線量計

私自身は3・11の年に石巻や気仙沼を訪ねていったことはありますが、福島は初めて。原発事故がもたらしたものを、この目で確かめたかったのです。総勢十一名で飯館村、浪江町に入り、大熊町では副町長から説明を受け、最終日はいわき市で放射線量測定に取り組んでいるNPO法人を訪ね、最大の原告団を擁する福島生業訴訟判決を見てきたのでした。

Kさんの家の入り口

浪江町のKさんの家を訪ねました。放射線量が高い帰還困難区域なので、このエリアに入るにはスクリーニング場で防護服着用、出るときに靴の線量を計測されます。
リフォームがあともう少しで完成、という時点で大震災、原発事故が発生。真新しいキッチンがそのまま残されていました。他の家や商店も、震災直後のまま。窓や戸を割られ、泥棒が侵入した家屋、イノシシがミミズをとるために掘り返した田畑や土手など、人がいなくなるとこうなるのか、本当に胸が痛む光景でした。

福島第1原発を望む

ワゴン車で大熊町に移動し、車内にいるのに線量計が突然アラームを発する、そんな地区を抜け、高台にあるもと老人ホームの庭先から福島第一原発を見ると、建屋が吹き飛んだ三号機がはっきり見えました。広大な田んぼはセイタカアワダチソウとススキに覆われるか、除染の黒いフレコンバッグ、メガソーラー発電の太陽光パネルがズラリと並んでいるのでした。
最終日の十日は、いわき市で食材の放射線量測定や子ども保養ツアー等に取り組んでいるNPO法人を訪問。女性ボランティア中心に、お母さん方の不安に応える活動をされていました。

福島地裁前

そして午後、福島地裁前に。数百名が待機する二時過ぎ、「勝訴」の幕が高く掲げられるといっせいに「やった!」と歓声があがりました。案内してくれたKさんも来ていて、「よかった!」と手を握りしめました。
わずか三日間の訪問でしたが、暮らしを壊され、再建の見通しのない故郷に思いをはせる現地の実情を垣間見ることができました。今後も機会あるたびに、福島を訪れたいと思います。


(兵庫民報2017年10月22日付)

日付順目次