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2016年9月25日日曜日

観感楽学:血の通ったもの

「血」の字源は、神にささげるため血液を皿に盛ったさまにあるとされています。意味するところは現在ではおよそ三通りあるようです。血液・血統・血気の熟語をくらべてみればそこに違いがあらわれています▼人間にとって、また人間関係にとって大切なものであるところから「血」を使った慣用句はたくさんあります。「血は争えないものだ」などはよい意味でも悪い意味でも使われます▼ところでアベ首相は九月十二日、自衛隊幹部を前にこんな訓示をしています。国家安全保障会議ができた、防衛装備移転三原則も確認した、平和安全法制も新しい日米ガイドラインも策定、とした上で「制度は整った。あとはこれらを、血の通ったものとする」と言ったのです。ちょっと待って下さい。「血が通う」とは人間的な思いやりや細かい気配りを示すことです。言葉のゆがみは心の反映。あなたは自衛隊員に対し「血で血を洗う」ことを迫っているのです。それも米国のために▼ちなみに身体の部分を使った慣用句で一番多いのは「目」。戦争法具体化の動きや憲法審査会の審議状況には「目を皿のように」し、それを広く伝えてやがて「目にもの見せてやる」。 (T)

(2016年9月25日付「兵庫民報」掲載)

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