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2016年2月21日日曜日

ノーモアヒバクシャ近畿訴訟・傍聴記:2016-2-9

「訴訟テクニック」もてあそび国が審理を引き延ばし

副島圀義

大阪地裁二月九日。冒頭、国側の姿勢があらわになる場面がありました。

もともとこの日で弁論終結の予定であった原告のお一人について、今まではもっぱら「病気が放射線被曝によるものかどうか」で争われていたのに、国側が急に「医療行為を必要としていない」との議論を持ち出してきたのです。

訴訟テクニックとして、証人尋問が終わった後で、その証言の信憑性を失わせる「とっておきのカードを出す〝弾劾尋問〟」というのがあるそうで、「ルール違反とはいえない」と裁判官は準備書面・書証の提出を承認。結果、もう一度弁論の機会を設定することになりました。ルール違反でないとしても、国民との争いで国がこんな手段をもてあそぶとは…。


ついで、去年八月六日に提訴されたKさんの意見陳述です。

当時十八歳の兵隊として八月六日の夜、広島市に救援のために入市。十一日までの五日間、産業奨励館(原爆ドーム)周辺、大本営(広島城)、陸軍病院、日赤病院等々、市内各所での負傷者救護、遺体収容、がれきの撤去などに従事(救護活動の記録が敗戦時に焼却されてしまっていたが、広島図書館で調べてもらってようやく立証できるようになった、とのこと)。

放射能の危険性など知る由もなく、救護所で寝泊まりしながらの素手での作業で、大量の放射線を浴びたことでしょう。亡くなった子どもを抱いたまま離そうとしない母親の姿など、強烈な印象と体験。長い間下痢が続いたこと以外、自分の健康状態がどうだったかも、よく思い出せない、と話されました。

四十歳で両目が白内障になり、現在も治療継続中で五年前に原爆症認定申請したが却下。さらに腹部大動脈瘤、総腸骨動脈瘤、狭心症、血小板血症など次々と発病。狭心症での原爆症認定申請が却下されて提訴に踏み切った。「裁判所の公正な判断を切にお願いします」と締めくくられました。

(2016年2月21日付「兵庫民報」掲載)

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