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2016年1月17日日曜日

神戸人形でゆとりを

阪神・淡路大震災で途絶えた「神戸人形」を復活させた神戸市東灘区の「ウズモリ屋」の吉田太郎さんに思いを聞きました。(文責編集部)

ウズモリ屋の神戸人形

神戸人形は明治の初めに長田神社門前で生まれたからくり人形です。その後、大正から太平洋戦争前まで栄えましたが、戦後いったん途絶え、加古川の数岡雅敦氏や、元町の玩具店キヨシマ屋、三宮の民芸店神戸センターが復元するなどし、姫路の日本玩具博物館も収集・復元に取り組むなどしていました。

私は子どものころキヨシマ屋のすぐそばに住んでいました。京都の大学を卒業後、二年間、人形劇団京芸に勤め、九五年に人形劇用の人形や舞台美術をつくる「工房太郎」を宇治市で開業、九七年に神戸へ移転してきました。その時には、キヨシマ屋が阪神・淡路大震災を機に廃業するなどして、懐かしい神戸人形は途絶えていたのです。

そこで、仕事の合間に図書館や日本玩具博物館を訪ねたりして、神戸人形のことを調べ、復元を試み、「神戸人形 ウズモリ屋」として製造・販売を始めました。

西洋式のからくりは歯車やカムを使い回転運動が基本ですが、神戸人形は糸を引っ張る直線的な運動で動いています。これは人形劇用の操り人形にも通じるものがあります。また、神戸センターが扱っていた神戸人形を作っていたのが、子ども向けテレビ番組「ピンポンパン」などの人形を手掛けていた梅本教幸さんという同業の先輩だったことも分かり、偶然に驚きました。

ウズモリ屋(工房太郎)の吉田太郎・守津綾夫妻

神戸人形の動きは単純です。しかし、そこに、遊ぶ人の想像力を働かせる余地があるんです。西瓜を切ったり、銚子を傾け杯をあおったり、〝ばかばかしい〟動きですが、それもまた、効率一辺倒の現代には貴重ではないでしょうか。

人形劇も、近年は学校公演が少なくなってきたりしています。子どもたちが想像力を膨らませるゆとりがもっと必要ではないかと思っています。

阪神・淡路大震災から二十年が過ぎたいま、神戸人形を再び送り出し、子どもたちや大人の心のゆとり、想像力を育めれば、と願っています。



ウズモリ屋には「西瓜喰」など伝統的なものの他、〝平和を猫に小判にしてはいけない〟との思いを込めた「平和猫」など、吉田さんの創作作品もあります。http://www.kobotaro.com/kobedoll/

(2016年1月17日付「兵庫民報」掲載)

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