すすむ医療崩壊
兵庫県保険医協会事務局主幹 角屋洋光
「救急患者たらい回しで死亡」「小児科閉鎖」「産科閉鎖」など、社会に衝撃を与える事件がおこる度に、医療崩壊がおきていると叫ばれてきました。今、兵庫県下の医療事情は一体どうなっているでしょうか。
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県下の救急搬送人数は、二〇〇九年十九万八千三十人から、二〇一三年二十二万九千九百九十一人へと、この五年間に約三万人、一六%増えています(
グラフ:データは記事末尾に掲載)。兵庫県の人口は、二〇〇九年約五百六十万人をピークに、二〇一二年約五百五十七万人へと減少していますから、救急搬送増加の実態は、実数の一六%以上に悪化していることになります。一方で、県下の「一般・療養病床」数は、二〇〇五年五万三千百床から、二〇一二年五万三千五百二十一床へと、七年間で八%増えたにすぎません。救急医療は困難さを増していると言わざるをえません。
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医療崩壊が進む原因は、診療報酬の引き下げや消費税負担などで、病院経営が疲弊し、必要な医師の確保や、病床が確保できないためです。特に公立病院は、公立病院ガイドラインによって独立採算を求められる中で、病院の統廃合や医療機能の再編などが進められる中で、矛盾が大きくなっています。
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例えば但馬医療圏は、兵庫県の面積で四分の一を占める広域圏ですが、人口は県の三%しかいない過疎地域です。但馬では九つの公立病院が地域医療を分担していますが、九病院の全病床数は、かつては約千六百床で、約二百名の医師が奮闘していました。しかし、二〇〇六年当時ですでに三十名以上が欠員となっており、夜間救急の制限や、小児科や眼科などが休診になるなどの事態に至っていました。
その後、病院のあり方をめぐって見直しがおこわれましたが、二〇一五年の病院名簿によれば、現在の許可病床は一千四百十六床で約百六十床も減っています。医師数は、百九十四名で一見確保されているように見えますが、基幹病院である豊岡病院が二〇〇六年八十三名から二〇一五年百二十一名へと三十八名増加しており、他の八病院は合わせても八十二名から七十三名へと、九名の減少です。これは県の方針で基幹病院に医師を集中する一方、他の公立病院は医師不足に拍車がかかっている状況です。
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県は救急医療体制の整備を名目に、予算と医師を豊岡病院に集中配置し、「ドクターヘリ」を導入しました。ドクターヘリによる診療患者数は、二〇一四年度で一千百九十二名に及んでいます。つまり、一日平均三回を超える出動となっているのです。一見、華々しいドクターヘリの大活躍ですが、他方では、救急担当医以外の医師不足や、他の公立病院の救急機能がおちてしまい、それぞれの公立病院が本来の機能を果たせなくなるなどの問題がおこっています。
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また、周産期医療では、県は豊岡病院に「但馬こうのとり周産期医療センター」をつくり本年から稼働することになっています。但馬地域に周産期医療センターをつくるのは、歓迎すべきことですが、問題はそのために産科医師を豊岡病院に集中させることです。
これまでは、豊岡病院、日高病院、八鹿病院で出産が可能(かつては香住病院を加えた四病院)でしたが、但馬全域で出産できる病院は豊岡病院だけになる可能性があります。
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少ない医師と病院経営の効率化を優先するという前提のもとでは、病院や病床を減らして医師と医療機能を集中させることで地域医療を守ろうとするのは、与えられた条件を変えることができないとすれば、一つの解決策です。しかし、それではセンター病院以外の、その他の病院はますます疲弊し、病院として残ることは困難となります。その結果、住民は身近なところにある安心の医療施設を失うことになり、地域自体が益々疲弊していくことになります。
大元の問題は、国が医師を増やそうとしないこと、公立病院の黒字を優先する姿勢にあります。井戸県政は、国の方針に従って公立病院の統廃合や機能の再編を進め、ドクターヘリに胸をはっていますが、極端な機能集中は、逆に地域医療をゆがめ、住民の安心・安全を遠ざけるものです。国の方針を変えられない前提とするのではなく、県政で可能な手をつくすことこそ求められています。
「救急搬送の状況」グラフのデータ(各圏域上段は搬送件数、下段はその09年度比)
圏域名 |
2009年 |
2010年 |
2011年 |
2012年 |
2013年 |
神戸 |
55,381 |
60,424 |
62,587 |
63,140 |
65,157 |
神戸09年比 |
1 |
1.09 |
1.13 |
1.14 |
1.18 |
阪神南 |
39,108 |
41,186 |
42,553 |
43,606 |
45,454 |
阪神南09年比 |
1 |
1.05 |
1.09 |
1.12 |
1.16 |
阪神北 |
24,561 |
26,223 |
26,981 |
27,803 |
28,010 |
阪神北09年比 |
1 |
1.07 |
1.10 |
1.13 |
1.14 |
東播磨 |
23,937 |
25,656 |
26,783 |
27,203 |
28,423 |
東播磨09年比 |
1 |
1.07 |
1.12 |
1.14 |
1.19 |
北播磨 |
9,640 |
10,386 |
10,475 |
10,741 |
11,024 |
北播磨09年比 |
1 |
1.08 |
1.09 |
1.11 |
1.14 |
中播磨 |
20,611 |
21,583 |
22,751 |
23,377 |
23,631 |
中播磨09年比 |
1 |
1.05 |
1.10 |
1.13 |
1.15 |
西播磨 |
9,061 |
9,720 |
10,103 |
9,969 |
10,220 |
西播磨09年比 |
1 |
1.07 |
1.11 |
1.10 |
1.13 |
但馬 |
6,955 |
7,351 |
7,779 |
7,740 |
7,692 |
但馬09年比 |
1 |
1.06 |
1.12 |
1.11 |
1.11 |
丹波 |
3,767 |
4,158 |
4,411 |
4,619 |
4,746 |
丹波09年比 |
1 |
1.10 |
1.17 |
1.23 |
1.26 |
淡路 |
5,009 |
5,236 |
5,332 |
5,573 |
5,634 |
淡路09年比 |
1 |
1.05 |
1.06 |
1.11 |
1.12 |
合計 |
198,030 |
211,923 |
219,755 |
223,771 |
229,991 |
合計09年比 |
1 |
1.07 |
1.11 |
1.13 |
1.16 |
(2015年11月1日付「兵庫民報」掲載)