原発と人間は共存できないと実感
竹國純一
民青同盟中央委員会がゴールデンウイークにおこなった第8次東日本大震災・全国青年ボランティアに兵庫県から6人の青年が参加しました。
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私には2年ぶり7度目の福島へのボランティアでした。福島に着いた初日は双葉町と富岡町へフィールドワークに行きました。この地域は津波の被害がそのまま残されている地域です。家の中に軽トラックが突っ込んでいたり、1階の部分がめちゃくちゃに破壊されたままの家が残っています。
4年以上が経った今でもこんな光景が残っているのはとても異様でした。
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仮置き場 |
そしてもう1つ異様だったのが、除染によって出来た放射能汚染物を入れた黒い大きな袋が何段にも山積みにされている仮置き場、それが至るところにあるという光景でした。自然とは相容れないその大きな黒い山は不気味にも感じます。
除染をして線量が下がってもまた上がる。2回目以降の除染には東電も国も責任を負わない。道路1本で帰宅困難地域だと選別される。家庭内、地域内でも分断が生まれている。
その光景を見て、現状を聞いて、この地域は復興が進んでいるのか疑問に思いましたし、それ以上にどんどん人が住めなくなっているんだなと思ってしまいました。地元の方の「この町が消滅するのを見届けるんだ」と言う言葉が自分の中でこの町はもうアカンのやと核心をつかれました。
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仮設住宅へ支援物資を届け要望を聞くボランティア |
2日目は双葉町の方々が住んでいる仮設住宅を訪問し、お米とハミガキの支援物資を届けながらの要望の聞き取り調査でした。仮設住宅から転居される方も増えていました。
その中でも1人のおばさんは「もう戻れないんだ」「郡山に家を建てるんだ」といいます。新しい前向きの一歩のはずが、私には双葉町の生活を諦めた一歩にしか感じられませんでした。今回のボランティアは私にとってとても辛く感じました。
私が住んでいる姫路市の御津町に原発建設の計画がありました。先輩方のお陰で、計画は阻止され、兵庫県内に原発はありませんが、もし自分が同じ立場になっていたらと考えるととても辛くて仕方ありません。
やはり原発と人間は共存できない。原発事故が起きなくても行き場の無い放射能廃棄物は増え続ける。原発を無くさないといけない。この姫路から、兵庫から「原発を無くせ!」と声をあげるのが福島への連帯なんだと思いました。
(2015年5月17日付「兵庫民報」掲載)