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2015年9月20日日曜日

ノーモアヒバクシャ近畿訴訟・傍聴記:9/9

がん術後は「医療の必要性なし」?

副島圀義

九月九日の大阪地裁。五人の原告のうちYさんについて崔信義弁護士が陳述しました。

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Yさんは七歳の時に長崎で被爆。爆心地から真南に四㌔㍍あまり、海洋気象台の近く、途中遮る物もない場所ですから直接の被曝量もかなりのものでしょう。翌日か翌々日、「米軍が上陸するらしい」との話を聞いて家族は、市北部の知人宅に避難に向かい、爆心地近くを徒歩で通過します。結局、知人宅に避難するのをやめ同じ道を通って自宅に帰りました。この往復で相当な残留放射線、二次放射線にさらされ、内部被曝したであろうことは容易にわかります。

四十歳を過ぎたころから、甲状腺腫瘍、食道がんなどを次々発症し入退院を繰り返します。食道がんの手術をうけ、抗がん剤治療を続けてきました。

食道がんについての原爆症の認定申請が却下され、昨年五月に提訴に踏み切りましたが、年末ごろから病状が悪化し、三月に死去。国の冷たい仕打ちが、どれほど生きる力を奪ったことでしょうか。

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弁護士さんなどのお話を聞くと、国側がYさんの食道がんを「原爆症」と認めないリクツは――①被爆距離は四㌔㍍以上である、②翌日か翌々日に爆心地近くに入った(入市)証明がない、③だから食道がんになるほどの放射線を浴びていない。(国の「基準」で固形がんを原爆症と認めるのは三・五㌔㍍以内か、百時間以内に二㌔㍍以内に入った人、などです)、④食道がんは手術で治癒しており「医療を必要とする」状態ではない――ということのようですが、「手術したらあとは医療の必要がない」なんて、厚労大臣の代理人は、そこまで無知(無恥?)か、とあきれてしまいました。


このグループについての次回弁論は十二月十一日午前十一時です。

(2015年9月20日付「兵庫民報」掲載)

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