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2015年9月27日日曜日

三木清没後70年:4日に追悼・顕彰のつどい

三木清
九月二十六日は現在のたつの市出身の哲学者・三木清の没後七十年にあたります。

日本はポツダム宣言を受諾して降伏したのですが、当時の政府は戦後の革命勢力の台頭を恐れ、治安維持法の廃止や特高警察の解体は全く考えないで、政治犯は牢獄につないだままでした。

GHQが「政治犯の釈放と弾圧法規の廃止」を求める通牒を発したのは十月四日で、政治犯が釈放されたのは十月十日のことでした。

三木清は、敗戦の年の六月十二日に高倉テルをかくまったとして治安維持法違反で逮捕され、敗戦後の九月二十六日に栄養失調からくる病で絶命しました。降伏後直ちに釈放されていたら三木清は死ななくて済んだのでした。

治安維持法は一九二五年四月から敗戦まで二十年と六カ月、日本国民の言論・出版の自由また思想・良心の自由を奪ってきました。治安維持法下の日本は「暗黒社会」「恐怖政治」そのものでした。

安倍総理の「戦争する国」への暴走は、「暗黒社会」の再来をも危惧させるものです。

このとき「三木清追悼・顕彰のつどい」が治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟兵庫県本部主催で開催されます(行事案内欄参照)。自由と民主主義の先駆者を顕彰することは、運動を発展させる教訓になるものです。
(戸崎曽太郎)

(2015年9月27日付「兵庫民報」掲載)

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