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2015年8月9日日曜日

毎日放送『映像'15』「よみがえる最前線~神戸と核と日米同盟」

兵站の実態、神戸港の歴史で暴露
梶本修史(兵庫県原水協事務局長)

神戸港が戦後すぐに米軍に全面占領され、米軍の重要な補給・休養基地として朝鮮戦争やベトナム戦争を支えてきたことはよく知られたことだ。国会で審議中の戦争法案は、兵站(後方支援)が重大問題になっているが、神戸港はまさに米軍の兵站を支えてきた歴史を持つ。毎日放送(MBS)『映像'15』の「よみがえる最前線~神戸と核と日米同盟」は、その実態を暴露した(7月26日放送)。昨年9月の、「知られざる最前線~神戸が担ってきた〝日米同盟〟」との連作ともいえる好作だ。

朝鮮戦争では、米軍の極秘命令で、日本の海上保安庁所有の掃海艇21隻が38度線をはるかに越えて北朝鮮の奥深い東西海域に動員された。米軍の上陸作戦のために北朝鮮軍の敷設した機雷を掃海するためだ。番組は、神戸港から多数の米海兵隊とともに、民間輸送船多数が兵站支援のために動員され、海上輸送や掃海活動で多くの死傷者が出たのに公表されなかったことを告発する。兵站支援が軍事行動そのものであることは明らかだ。

「神戸港はアメリカ軍の兵站基地として軍貨物の移出入が激しく、民間輸出入貨物も増加したから、港湾施設の大部分が接収されたままであったが、港は活気と混乱に満ちた」と『新修神戸市史』にも記されている。この「特需」で、神戸製鋼、川崎製鉄、三菱造船、川崎重工などが大儲けした。

当時のマーフィー米駐日大使は「朝鮮戦争において日本人は驚くべき速さで日本列島を巨大な補給倉庫に変えた。これがなければ朝鮮戦争を戦うことはできなかった」と絶賛したが、再び神戸港が兵站支援拠点となり、集団的自衛権行使を支え、掃海派遣の出撃基地にまでなる危険もあるのだ。

番組は、米軍基地神戸港が、非核「神戸方式」の誕生で、米軍が寄港もできない平和の港に変貌したことをとりあげ、非核「神戸方式」記念集会の様子も繰り返し紹介した。

神戸市長、市議会議長は、「市会決議に基づいて行なわれている非核『神戸方式』をこれからも守るのは当然」と明言した。米政府からの非核「神戸方式」攻撃も生々しい映像で紹介された。

日米両政府の理不尽な攻撃とたたかう沖縄県・沖縄県民のように、神戸市も、神戸市民も、国の圧力に屈せず平和な神戸港をつくる決意を新たにする戦後70年だ。

(2015年8月9日付「兵庫民報」掲載)

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