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2015年7月19日日曜日

観感楽学

但馬地域には国立病院も県立病院もない。隣接地域には国立篠山、国立舞鶴、国立姫路、国立鳥取病院―いずれも戦後陸海軍病院が廃止され一般総合病院に移行した。但馬地域は軍国主義の「恩恵」にも与らなかったのだ▼「山陰山僻ナレバ、疾病ヲ保護スル衛生行キ届カズ、非命ニ死スルモノ少カラズ、誠ニ愍然ニ耐ヘズ、因テ此度豊岡表ニ於テ仮医局相立テ申候」(1870年兵庫県医局布達)と豊岡病院開設を告げている。しかし数年で財政を理由に県立病院は廃止され、実質は町村立の公立豊岡病院となり、紆余曲折を経て今日に至る▼おもしろいことに病院組合は1939年(昭和14年)、病院剰余金を原資に農学校設立を決議、「農業立国」の風土に適しているとして当時の町村長たちも賛同している。戦後に県立豊岡農業高校に昇格したが、自民党農政の下で、今では県立豊岡総合高校に統合され農業科はない▼但馬地域の九つの市町・組合立の公立病院は、政府と兵庫県の病床減らしの再編政策で、病院存亡の危機が続いている。公立病院も農業高校も住民が発意した「地方創生」そのものではないか。まさに風土を生かした自治が問われている。 (A)

(2015年7月26日付「兵庫民報」掲載)

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