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2015年6月21日日曜日

あらためて実感―原発はアカン:第33次福島ボランティア

金田峰生

第33次福島ボランティアは、川内村での活動でした。

除染で取り除いた土があちこちに積まれている

川内村は最初に(2012年4月)「帰村宣言」をした自治体です。

村長は、復旧・復興への槌音が村中に響いていると言いますが、私達がボランティアで草刈りをした集落は、30軒中15軒しか戻っていません。

仮設にいる被災者は、「まだ線量が高く、子どもを連れて帰れない」「富岡町や楢葉町が復興しておらず、不便さは否めない」「戻らない人が多い。寂しいし不安」など、戻るに戻れない事情が解消されていません。

私が確認した時、村内34カ所あるモニタリングポストのうち、9カ所で基準値(0.23µSv/h)を越えていました。

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仮設住宅での避難生活が続いています。「居住制限地域(立ち入っても良いが、宿泊は不可)」では、地震で崩れた家屋がそのままになっています。原発事故があったために、復旧できないどころか、まったく手を付けられないのです。そして一度除染作業を行っても、また線量が上がることもあり、被災・事故から4年以上経った今でも将来の目途がまったく立ちません。

一方で、政府が原発再稼働と輸出に前のめりになっているもとで、賠償支払い打ち切り、戻らない住民切り捨てがやられています。

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原発が事故を起こせば、自治体が消滅の危機に瀕し、多数の暮らしが根こそぎ失われ、それを元に戻すこと、取り戻す事はできないという現実が、そこにあります。

(日本共産党兵庫県委員会東日本大震災救援・復興闘争本部事務局長)

(2015年6月21日付「兵庫民報」掲載)

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