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2015年4月5日日曜日

〝行政による緩慢な殺人〟ではないか:借り上げ入居者への「移転通告」

ひょうご震災復興借り上げ住宅協議会 安田秋成代表の意見陳述(大要)


安田秋成氏
神戸市長が2010年9月「借り上げ公営住宅」に移転通告をされて5年目に入りました。

入居者訪問を、行政は親切丁寧にされているつもりでしょうが、入居者の中には、執拗で迷惑と感じている人もいます。

市職員も仕事とはいえ、大変な苦労を背負わされています。

パールハイツ荒田は24軒、空き家8軒です。この4年間に11人が亡くなりました。車いすの人2人も亡くなりました。高齢者が多かった2階6軒、1軒は途中入居者ですが、5人が亡くなりました。

201号の女性は、「私の寿命は4~5年と思う。ここで死ねたら幸せです」と言っていましたが、2013年3月亡くなりました。

202号の女性は、元気で活動的な人で、「終の棲家」を守ると言っていましたが、脳出血で倒れ、2010年12月末88歳で亡くなりました。

203号の女性は、病弱でしたが、移転問題で悩み、胃がんの手術後、2014年6月亡くなりました。

205号の男性は、2012年80歳で亡くなり、206号の女性は2013年3月82歳で亡くなりました。

3階の301号、302号の2人の男性は閉じこもりがちで、移転については「ここで死んでやる」ということでしたが、1人は2014年1月84歳、もう1人は2014年4月82歳で亡くなりました。

4階405号室の女性は2014年5月73歳で亡くなりました。

「期限までに死にたい」という声もあります。つつましく、ひっそりと生きてきた暮らしを移転問題が突き崩しています。

かつて、仮設住宅の孤独死のシンポジウムでシンポジストの1人から、「仮設住宅では行政による緩慢な殺人が行われている」という発言がありました。今日まさに、そのような場面が移転問題で展開されているのではないでしょうか。

阪神・淡路大震災当時の村山富市元総理は、後悔と反省をしています。政府の復興委員会特別顧問だった後藤田正晴元副総理も、「被災者の生活再建意見に重要性を感じなかった。これが最大の間違いだった。被災者の暮らしに配慮が足りなかった。開発志向が強かった」と述べています。

しかし、笹山幸俊元市長(故人)には反省の言葉がありません。冷たい市政が3代にわたって続くことがないように市会議員の皆様のご尽力をお願い申し上げます。

(2015年4月5日付「兵庫民報」掲載)

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