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2015年4月26日日曜日

観感楽学

天皇の戦没者慰霊のパラオ・ペリリュー訪問が行われた。不破哲三氏が「無謀無策の飢餓戦争」と喝破した「玉砕島」の一つだ。さらに南方には玉砕の美名もかなわぬガダルカナルもニューギニアもある。70回忌、現代の総理が誓うべき「談話」とは何か▼一人の勤勉な国鉄峰山駅電信係員がいた。位牌には「昭和19年ニューギニア方面戦死」と彫られている。徴兵された関東軍電信第3連隊は、敗色濃い南進各部隊にばらまかれ通信兵として送られたのだ。帰還を待ちわびた母親のもとに、敗戦1年後に戦死公報と遺骨ならぬ木切れが届けられた。息子の行方は母親にさえ軍機密だった▼位牌をたよりに通信兵の甥が弔う妻子もない叔父の消息をたどった。兵庫県庁に軍歴を照会、防衛庁編の『戦史叢書』をなぞり、戦没地点はパプアニューギニア北岸のセピック川付近と突き止めた。敗走渡河する兵たちの有様は「さなきだに地獄とはかくのごときものならん」惨状だった(復員した副官報告)▼母親に遺骨さえ帰せなかった帝国が、いかにして靖国に霊を帰したか。現代の総理は故通信兵と故母親にどんな談話を届けるか。戦後70年、アジア太平洋の問いは深く重い。(A)

(2015年4月26日付「兵庫民報」掲載)

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