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2015年3月22日日曜日

阪神・淡路大震災『あの時』と『これから』を考えるつどい

班があり、仲間がいたから
当時の民青同盟のとりくみ、姫井元県委員長が語る


講演する姫井氏

民青同盟兵庫県委員会は15日、阪神・淡路大震災から20年となり、当時の経験を学び今にいかそうと、党中央委員会・国民運動委員会事務局次長で、当時民青県委員長だった姫井二郎さんを講師に招いて「『あの時』と『これから』を考えるつどい」を開きました。

姫井さんは講演の冒頭に、「当時は神戸大学の近くに住み、被災した直後から近所の人の救援活動に取り組んだ。救い出せない人もいて、無力感もあったが民青の仲間がいたことで頑張れた。当時の経験が民青県委員会、民青中央委員会、党中央で社会を良くしていこうと活動する原点です」と述べました。

阪神・淡路大震災当時は、高すぎる学費のために安い文化住宅に下宿していた学生が多かったため20~24歳の若い世代で多くの犠牲が出たこと、民青は「1人ぼっちの青年を残さない」を合言葉に全国ボランティアセンターや青年ホットラインを開設して、不眠不休の救援活動に全力で取り組んだことを当時のチラシなども示しながら報告しました。

阪神・淡路大震災当時のビラやニュース

救援活動に取り組む中で、「個人の努力では限界がある。政治や行政に働きかける活動にも取り組んだ」と、神戸大学や関西学院大学に学費免除や入試支援などを要請し、県や国など行政を動かしてきたことも紹介しました。

個人補償を認めない政府や自治体の冷たい対応に対して、以前から地震の危険があると警告されていたのに対策を怠ってきた政治に責任があることを学び、「地震は天災だが、震災は人災」と個人補償を求めるたたかいを広げていったことも語りました。

さらに、民青同盟員自身が被災しながらも救援活動に取り組む力になったのが、班が地域・学園・職場にあり、仲間がいたからだ、と当時の「班ニュース」から班会の様子を紹介しました。また、民青は科学的社会主義と日本共産党を学ぶことが土台にあり、政治にしっかり責任果たさせよう、社会は変わるし、変えられる、社会を変える原動力は国民の力だと学んでいたことが力になったと述べました。

最後に姫井さんは、「阪神・淡路大震災から20年たった今、原発再稼働、集団的自衛権、憲法問題などで多くの国民が行動しはじめていて、その人たちに日本共産党がたたかいのパートナーとして信頼されている。正面から青年の要求をかかげ、実直にたたかう民青の主張は若者をとらえる力を持っている」「未来は青年のもの。新しき歴史は、青年の手に創造される」という共青初代委員長・川合義虎の言葉も紹介して、参加した青年、同盟員にエールを送りました。

参加者からは、「震災で若い世代が多く亡くなっているのを知って衝撃だった。自分も安いアパートに住んでいて、自分や友達も被害にあうような状況で生活しているんだとわかった」(学生)、「震災当時から底力を発揮していた民青のバトンを自分が受け取っているんだと思った」「震災当時は生まれていなかった。冷たい行政を血の通ったものにするために民青や日本共産党のような草の根からの活動が重要だと思う。ゴールデンウイークには福島ボランティアに行くので今回学んだことを活かして活動したい」(高校生)などの感想が出されています。


(2015年3月22日付「兵庫民報」掲載)

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