記事を検索

2015年3月22日日曜日

観感楽学

節分過ぎの一夜、丹波高原の民宿で、丹波但馬の日本共産党市町議員OB懇親会が有志発起で開かれた。大方は合併で退任した人たちだ。介護サービスを仕切る女性、自宅を市委員会事務所にした男性、農業利水ダム管理人、観光案内人もいる20人ほどの自己紹介は壮観だった▼「丹波高原は懐かしい」と小山薫槻元日高町議(83)。敗戦2カ月前、氏は国民学校高等科卒13歳で、氷上町新郷(現丹波市)で行われた「兵庫県青少年戦時航空特別訓練」に参加したのだった。高度5m程度のグライダー滑空にすぎなかったが、本土決戦を少年に覚悟させる狂気の訓練だった▼戦後、農家の子小山少年は八鹿農蚕(現八鹿高校)に進み、仲良しの医師の息子の手引きで日刊「アカハタ」を知り、反戦平和の党を発見、高卒18歳で入党。郡連合青年団社会部長を引き受け「5大政党演説会」を開催、この演説会に当時党唯一の参院議員須藤五郎を招いた▼「この会までに1部は増やして土産にと苦労したのだが」と小山氏が会場を笑わせた。それは出席した「地の塩」たちの日常でもある。「次は但馬で」と声が上がった。なお国民と党を愛してやまない者たちに幸あれ。 (A)

(2015年3月22日付「兵庫民報」掲載)

日付順目次