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2015年2月22日日曜日

観感楽学

2代目豊岡市長・故橋本省三氏の没後34年となる。氏は治安維持法制定後初の弾圧1926年「京都学連事件」で起訴された38人の一人だった。氏は市長当時、自民党の故有田喜一衆院議員の有力後援者であり、事件は自らも語らず市民的話題になったことはない▼京都学連事件で京大生の橋本氏は禁固10月の実刑判決を受けた。共同被告には後に日本共産党指導部の一員となり、30代で特高に虐殺された野呂栄太郎、岩田義道もいる。この事件は同志社大学生の軍事教練反対ビラを端緒に、強引に治安維持法違反事件に仕立てられた▼暴圧下で彼らは反戦と労農運動支援へ献身した。橋本氏は京大社研で嵐山農民学校を分担し、1925年ソ連労組代表レプセ来日の際、大津駅に出迎え、検束された。野呂栄太郎の慶大卒業前後の名著『日本資本主義発達史』も労働学校の経験が生かされた▼橋本氏ら学生は帰省運動にも取り組み「但馬青年学生連盟」に結実している(本橋文平著『但馬の夜明け』)。15年戦争期に斃たおれた者、辛くも生きのびた者の別れを越えて、いま戦後70年を迎える。市民が真に誇るべき青年群像の名誉を回復させ歴史を進めたい。(A)

(2015年2月22日付「兵庫民報」掲載)

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