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2015年2月15日日曜日

10議席以上の日本共産党県議団へ:つつい哲二朗さん

大震災で冷たさ実感した兵庫県政を変える:神戸市中央区(定数2)



2012年、14年の総選挙に続いて、今度は中央区から県会議員選挙に立候補します。

昨年の総選挙後、あいさつ回りや街頭宣伝などで「自分だけでなく家族や近所に知り合いにも声をかけてあなたに入れたのよ」という激励をたくさんいただきました。

消費税増税、アベノミクスによる格差の拡大、日本を「海外で戦争する国」にする動き、原発再稼働、沖縄への米軍新基地建設強行など、多くの皆さんが「やってほしくない」と思っている政策を、聞く耳持たず無理やり進める安倍政権の暴走と「対決」「対案」「共同」で頑張る日本共産党に、「もっと頑張ってほしい」という期待をさらに強く感じる日々です。

同時に、今こそ国の悪政から住民の暮らしを守る「防波堤」の役割を兵庫県が果たさなければならない。ところが、「行革」の名で高齢者医療費助成の自己負担を増やし、ひとり親家庭医療費補助の対象者を半分近く減らすなど、住民サービスを削る弱いものいじめの県政をすすめています。

県知事の提案に対して日本共産党以外のすべての政党は賛成ばかりのオール与党で、県民の切実な要求実現の声が県政に反映されにくい状況です。

20年前の阪神・淡路大震災のとき、私は東灘区の自宅で被災しました。実家の生業だった和菓子屋の店舗は全壊し、病気で亡くなった両親の跡を継いで和菓子屋を再建した兄は、2年後の消費税増税(3%から5%)をきっかけにした不況に苦しみ、ついに廃業せざるを得なくなりました。

震災で全てを失った人々に対して、国はついに「個人補償」をおこなわず、兵庫県や神戸市は「空港よりも住宅を」という被災者の願いを踏みにじって神戸空港をつくりました。政治の冷たさを実感し、「国民が主人公の政治を実現したい」という思いが私の活動の原点です。

震災後の1999年の県議選で日本共産党は14議席を獲得し、その後補欠選挙で勝利して15人の県議団となりました。当時の日本共産党県議団は、特養ホーム建設計画を前倒しさせ、播磨空港や武庫川ダム計画を中止させるなど、「県民の願いを実現し、ムダを省く」とりくみを進めました。

その99年の選挙で北岡ひろしさんが獲得した中央区県会の議席を12年ぶりに奪還し、中央区に住む皆さんの声が届く兵庫県議会を実現するために、あと2カ月弱の期間、全力で頑張り抜きます。



写真:(右から)大前まさひろ神戸市議予定候補、金田峰生参院兵庫選挙区予定候補とともに街頭から訴えるつつい氏(1月26日、三宮交通センタービル前)


(2015年2月15日付「兵庫民報」掲載)

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