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2015年1月11日日曜日

ノーモアヒバクシャ近畿訴訟・傍聴記:12/10、12/12

〝被爆70年〟最初の判決1月末に

副島圀義

12月12日に大阪高裁、10日と12日に同地裁と、公判が連続しました。

地裁では、原告の高橋一有さんと宮本義光さんが、それぞれ意見陳述されたのですが、お2人とも「これからは公然と名を名乗って裁判に臨む」とおっしゃいました。

「ずっと被爆のことを隠してきたし、原爆手帳をとったのも平成元年だ。裁判を傍聴して、国側代理人からあんな尋問をされるのはいやだ、とも思っていた。けれど、このまま『なかったこと』としてすますわけにはいかない。裁判所には被爆者の姿をしっかりうけとめていただきたい。そんな思いで、はっきり名前を出して臨んでいきたい」(高橋さん)。わたしも、これからは差支えなければお名前を出して書こう、と思ったことでした。

高裁では、国側が「(放射線の人体影響を過小評価し続けてきた〝御用学者〟らの)連名意見書」にもとづく証人を申請。原告側弁護士は「20年以上も前の松谷訴訟以来の蒸し返しであり、裁判を長引かせるだけのもの。証人採用されるべきではない」と厳しく批判。裁判官は合議のうえ「証人採否は保留するが、次回で弁論終結ということもありうる(証人採用しない)」と述べました。国側の「遅延戦術」がやんわりと批判された形です。



1月30日には全国のノーモアヒバクシャ訴訟の、被爆70年・最初の判決が大阪地裁で出されます。

安倍政権が核兵器の非人道性を直視しようとしないこと(注)に、世界の批判が集中しているさなかの裁判にご注目ください。


【注】
12月はじめ、ウィーンで開かれた「核兵器の非人道性に関する国際会議」。大半の参加国が「核兵器爆発の破局的危険性を防ぐためには禁止廃絶しかない」と主張するなかで、日本政府代表が「悲観的すぎる。あきらめるのでなく、被害者の救出の研究をすべきではないか」と発言。

日本政府が被爆者に、直後から可能なかぎりの救済策をとっていたのなら、一理あるかもしれません。

しかし政府がやってきたことは、
―原爆被害を隠ぺいし、生き残った被爆者を放置・虐待
―世論に押されての医療援護制度も「一般の戦争被害者にはなんの援助もないなかでの特別扱いだ」との恩きせがましいやり方
―今なお、放射線の健康影響への過小評価にたった原爆症認定却下…。

こうした文脈で「悲観的すぎる」というのは「核兵器の使用はありうる」との立場を、国際政治の場で公言したことにほかなりません。


(2015年1月11日付「兵庫民報」掲載)

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