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2014年11月16日日曜日

8議席以上の日本共産党県議団へ:新町みちよさん

まっすぐに、あなたのねがい県政に:明石市(定数4)


共同行動に取り組む新町さん(8日、明石駅前)

占いのたぐいは信じない方ですが、干支は猪、猪突猛進は当てはまるのではと思っています。

共産党に近づいた娘に「世の中の人がみんな入ったら入ればいい」と言った父も、投票日の前夜、「共産党万歳」と息を引き取りました。1991年4月、私が初めて県議会議員選挙に立候補した時のことです。4年後、今度こそ勝利をと29年勤めたKDD(国際電信電話㈱)を退職して挑んだ1995年。1月17日に阪神・淡路大震災。救援の物資やおにぎり、サンマを灘に運び、あわただしく6月に選挙。またしても勝利はありませんでした。

1999年、前年の都議会議員選挙や参議院選挙で日本共産党が躍進。「今度ダメなら責任をとって候補者をやめよう」と覚悟した3度目。明石で初の日本共産党の県議会議席を勝ち取ることができました。

14名、2年後に15名となった日本共産党県会議員団。民主党と並んで県議会第二会派になり、一議会の本会議質問に日本共産党から3名が立つという場合もありました。当時8つあった常任委員会に2名から3名を配置。中小企業振興条例や予算の組み替えを提案、毎議会ごとに、子どもの医療費無料化や少人数学級の実現を繰り返し追求するなど、提案や発言力も格段に増し、こども署名など住民運動と結んで35人学級実現など県民要求が大きく前進しました。

しかし、現在は5議席。代表質問もできず、議会運営委員会、「行革特別委員会」などもオブザーバー、常任委員会も空白があり、県民の声がなかなか届きません。議案提案権獲得の8議席は悲願です。

「これ以上増税せんとってか」「年金下げんといて」「今の若いもんは非正規でかわいそうや」「老々介護やで、わたしらどこで死ぬんやろ」「国民健康保険料払われへん」「生活保護費削らんといて」「買いもんでけへん」「子どもの遊び場を」「年寄りの居場所を」「駅前再開発やめて福祉をようしてほしい」「戦争だけは絶対、絶対、絶対、反対!」

このねがいをしっかり受け止め、猪突猛進、全力疾走します。

(2014年11月16日付「兵庫民報」掲載)

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