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2014年8月31日日曜日

観感楽学

明延・神子畑間を走っていた鉱山鉄道「一円電車」、姫路と生野間の「銀の馬車道」は観光客誘致に時々新聞紙面を賑わす。いずれの鉱山も閉鎖されてから久しい。閉山のはるか前、レッド・パージで山を追われた鉱夫たちの物語がある▼「明延事件」は1950年12月2日に発生した。解雇に抗議した「20人の共産党員が明延鉱山所長室に実力で侵入、待ち受けた会社側職員や警官と乱闘、逮捕された」(『明延鉱山労働組合運動史』要約)と伝えられる。逮捕者のうち数名が実刑判決をうけたが、レ・パの是非を争った裁判ではなかった▼明延鉱山では12人が「共産党員または同調者」として解雇該当とされた。労組も一通りの解雇反対の団交も行ったが「超法規GHQ指示」として結局受け入れた。今日、全逓でレ・パ解雇された大橋豊氏らの名誉回復と救済の裁判で「重要産業へのGHQパージ明文指示は存在しない」と明神勲教授らは証言している▼鉱業所抗議に参加し実刑を受けた人は豊岡市にも現にいる。憲法違反のレ・パで解雇された労働者、その抗議で派生した「明延事件」。鉱口をこじ開け、憲法裁判を求め、明延の史実も語られなくてはならない。(A)

(2014年8月31日付「兵庫民報」掲載)

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