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2014年8月3日日曜日

観感楽学

米大統領特使として羽田に到着したハガチーが国会議事堂への途中でおびただしい数のデモ隊に取り囲まれ立ち往生、海兵隊のヘリコプターが飛来して救出した。1960年6月10日、学生だった垂水区のOさんはデモ隊の中にいてこれを目撃していた▼同年1月、岸首相は米国との間で日米安保条約の改定をとり決め、6月の国会で粛々と批准し、アイゼンハワー大統領来日で祝賀会をと考えていた。しかし、安保反対の声は、あっという間に全国に広がり、国会周辺は連日2~30万人のデモ隊が取り囲んだ▼包囲の中、19日、新安保条約が自然成立。23日、批准書交換後、岸内閣は解散・総辞職に追い込まれた。国民の力で内閣を打倒した瞬間だった▼安倍首相は当時5歳。祖父岸首相のひざの上で無念の想いを聞かされたのかもしれない▼安保闘争を契機に労働運動や公害闘争など多くの闘いが発展し、日本共産党も大きく前進をはじめる。志位委員長は党創立92周年記念講演で「安倍政権打倒」を呼びかけたが、政治を国民の手に取り戻し、要求を前進させる画期となることを「60年安保経験者」であるOさんや我々が語り部になる時かもしれない。 (D)

(2014年8月3日付「兵庫民報」掲載)

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