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2014年7月27日日曜日

観感楽学

ファシズムは「未開政治デアッテ決シテ文明政治デハナイ」この追随は「立憲政治ノ恥辱デアル」(昭和10年、日独防共協定当時の軍閥批判演説)、「軍人ノ政治運動ハ国憲、国法ノ厳禁スル所」(同11年、2・26事件直後の「粛軍演説」)、「聖戦ノ美名ニ隠レテ国家百年ノ大計ヲ誤ルナラバ政治家ハ死シテモ罪ヲ滅ボスコトハデキヌ」(同15年、日中戦争批判演説)。最後の演説は「反軍」とされ、斎藤隆夫は国会を除名された▼その後、斎藤隆夫は昭和17年総選挙で東条政権の妨害に抗して翼賛政治体制協議会非推薦で1位当選復活。このため戦後、公職追放を受けず、第1次吉田内閣の閣僚となり、現憲法公布に副署した。その感慨を「国を挙げて欣喜す八千万/初めて立憲を知る自由の民」と詩にしている▼出石城から西南約2km、生地中村に記念館静思堂がある。顕彰会など全国的な拠金で1983年に建設された▼いま解釈改憲にひた走る安倍内閣を故・斎藤代議士はどう見るか。除名当時すでに70歳の立憲・人権主義の果敢な政治家を郷土の誇りとして当選させ続けた但馬5郡の選挙民。この歴史は憲法擁護の〝一点共闘〟の原点ではないか。 (A)

(2014年7月27日付「兵庫民報」掲載)

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