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2014年5月18日日曜日

青年たちが福島でボランティア(1)

原発いらないの思い新たに

大前まさひろ

五月三日から六日まで福島県に兵庫の青年十三人でボランティアに行ってきました。

三日に神戸駅前を出発し、車で一日かけて福島県に到着しました。

案内する宮川県議
四日は宮川えみ子県議の案内で見てまわりました。いわき市久ノ浜は地震、津波、火災、放射能の四重の被害があったところです。前回来たときは家の土台が残っていて、津波の恐ろしさを実感しましたが、今は更地になっていました。今後は緑地公園になるそうです。

広野町は町民の帰還が呼びかけられていますが、帰ったのは町民の三分の一だそうです。広野町と楢葉町にまたがるJビレッジのメインコートの時計は地震のあった二時四十六分で止まっていました。楢葉町では、町中に除染した後の放射性廃棄物の入ったフレコンバッグという黒い袋が並んでいます。異様な光景でした。

積まれたフレコンバッグ(楢葉町)

続いて富岡町へ。富岡駅は去年も行きましたが、そのときと何も変わらず、壊れた駅舎、二時四十六分で止まった美容院の時計、流された車など震災があった当時のままでした。三年がたってもそのままという光景に驚きました。

流された車が当時のまま(富岡町)

その後は帰還困難区域との境まで行ってきました。境界では放射能の数値はどんどん上がります。放射能の見えない恐怖を感じました。


五日は仮設住宅を訪問し、被災者からお話を聞くとともに、震災の語り部のお話も聞きました。

被災者から話を聞く大前さん(中央)

仮設住宅訪問では、「オリンピックよりも復興住宅を建てて欲しい」という願いや「今度、復興住宅が建つらしいが戸数が少なくて私は入れないだろう」という不安の声も聞きました。

語り部のお話は、震災にあったときのこと、避難したときのこと、避難生活でストレスがたまること、三月十一日の気持ちのままストップしていることなどでした。細かな避難の状況や思いなどが聞けて貴重な経験になりました。

*

ボランティアに行ってみて、神戸では分からない福島県の実態やまだまだ復興がすすんでいないこと、被災者の思いなどを知ることができました。同じ日本なのに苦しんでいる人がまだまだいて放射能のすごさを感じました。二度とこんな事故を起こさないためにも原発はいらないとあらためて思いました。
(党中央区市政対策委員長)


(2014年5月18日付「兵庫民報」掲載)

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