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2014年3月23日日曜日

3.11 神戸からの祈り


三月十一日、東日本大震災から三年目を迎えるこの日、青年らが主催して、今年で二回目となる「3・11神戸からの祈り」を開催しました。

キャンドル・歌・アートで追悼



第一部は、三宮マルイ前で、「3・11」の形にキャンドルを並べ、歌や音楽、アートなどで追悼の思いをアピールしながら、被災地への一言メッセージを集めました。

第二部は、神戸市勤労会館で。はじめに、「福島スマイルプロジェクト」という取り組みを毎週金曜日に行っている福島県の青年たちとテレビ電話(Skype)を使って交流しました。

福島とテレビ電話で交流


「福島から避難されている友だちには、声をかけたりしていますか?」「復興に向け、私たちもなにかしたいと思っていますが、どんなことができますか?」など、会場からの質問に――

福島から「友だちの奥さんが、子どもと山形に避難しているという人がいる。『寂しくないか』と聞くと、『寂しいけど、仕方ない』と。そういう話を聞くと切なくなる」「こうした交流の場を作っていただけるのは、ありがたい。しかしSkypeだけではわからないこともあるので、ぜひ現地にも来てほしい」と答えが返ってきました。

第一部で集めたメッセージを見せ、「五月のボランティアツアーで持って行きます」というと、福島から「待ってます」と歓声があがりました。

兵庫への母子避難者に聞く



続いて福島県から兵庫県へ母子避難をしている新井佳奈さん(仮名)が講演しました。

新井さんは、はじめに兵庫県に避難をすることになった経過を詳しく紹介。子どもの甲状腺検査で不安を覚えたうえに、サッカーの好きな息子さんから「どこでだったらサッカーできるの」と訴えられるなどのなかで、保養キャンプでつながりのある兵庫県に母子避難することを決意したと語りました。

新井さんが、「避難することをママ友に語ったら『私は、子どもにとって悪いことをしている。ダメな親だ』と語られたことが今でも残っている」と涙ながらに話すと、やはり涙を流しながらうなずく参加者の姿も。

兵庫県の生活では、放射能におびえることなく、運動会で子どもたちが地べたに座っている様子も「うれしくて写真を撮りました」といいます。

しかし、同時に「いま住んでいる住宅も何年住めるかわからない。ここが住めなくなると、経済的にもたいへんになる」「甲状腺の検査は定期的に受けていかないと不安」など、今後の生活への不安の表明もありました。

さらに、新井さんは、「国と東電を相手にした集団訴訟の原告に最近加わった。自分からもできることをしたい」と抱負も述べました。

参加した学生からは「何も悪くない子どもたちが犠牲になっていることがとても胸が苦しいし、政府や東電には大きな責任があるとあらためて強く感じました。まだあの大地震での事故は収束していないし、3・11に起こったことを風化させてはいけない」と感想が寄せらました。


(2014年3月23日付「兵庫民報」掲載)

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