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2013年11月24日日曜日

西村欣治郎のたたかい(上)

治安維持法の犠牲となった関西学院生
田中隆夫

西村欣治郎の肖像
秘密保護法案が審議中。海外メディアからも「治安維持法が拡大解釈され、多くの人が身柄拘束されたことを踏まえ、秘密保護法にも同じ問題点がある」(十四日、外国特派員協会記者会見)と指摘されている。日本版NSC、集団自衛権と三点セットで「日本が戦争できる国」に変えようとする安倍政権。

緊迫する情勢のもと、紙面を借りて、奈良県御所市出身の関西学院生であり、治安維持法で検挙され一九三一年獄死、享年二十九歳の西村欣治郎の関西学院時代の青春をお伝えしたい。戦前の憲法へ戻そうと安倍政権が暴走する今、治安維持法犠牲者こそが、戦前の日本がいかに間違った体制だったか、そのためどんな間違った道を歩み、国民がどんなに大きな被害を被ったかを誰よりもよく知り、彼らとその時代を知ることは、暴走を打破し未来を開く力を得ることだ。



西村欣治郎(一九〇二~三一)は、奈良県郡山中学を経て、朝鮮で代用教員、徴兵の後、一九二六年関学文学部哲学科に入学。

戦後、作家山岸一章が、戦前の青年活動家を描く「革命と青春」の人物を探していた時、戦前の仲間であった青山順三(関学)、島田フキ(神戸女学院)は、西村を推薦し、社会経験をもつ西村が文化運動でも日本共産党の活動でも学校の枠をこえて活躍し「きんちゃん」と慕われていたと語っている。

哲学科二年後輩の草野昌彦は、「学問的関心も深く、私達は彼とよく哲学や自然科学の話をした。一番大切なことは彼の揺るぎない決意であった。科学的社会主義の正しさを信じ、身を挺して党のために尽くすという気概が、彼を知る誰にでも感じ取られた。この点が敵味方の区別なく人を惹きつけた。私は、非合法時代、彼ほど立派な党員を見たことがない」(勁草書房刊「回想の戸坂潤」)と書いている。

一九二七年学内詩誌「木曜島」(表紙絵・小磯良平、浅野孟府等)創刊号に、「薄暮の祈り」を載せたのをはじめ、坂本遼、竹中郁、谷村定次郎、池田昌夫、原理充男ら学内外の詩人と交流。また川崎・三菱造船争議の青柿善一郎等の呼びかけで酒井一雄、米沢哲らと社会科学研究会を持った。詩誌「木曜島」は、戦争反対の声や言論弾圧への怒りを表明する原理充男の論文や西村の「記憶せよ三月十五日」等の詩掲載に端を発して一九二八年七月八号が発禁になり、同人たちが検挙された。その後も同人誌「文芸直線」に合併され、一九二八年十二月発禁になるまで論文や詩発表は続けられた。

(つづく・三回連載の予定です)


(2013年11月24日付「兵庫民報」掲載)

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