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2013年10月27日日曜日

ノーモアヒバクシャ近畿訴訟傍聴記:10月15日

「裁判できなければ泣き寝入りせよ」というのか?

副島圀義

十月十五日の口頭弁論で、六人の方については弁論を終結。来年三月二十日に判決と決まりました。最終意見陳述では―

原告・Tさん 被爆者であることを隠し続けてきたことが、家庭崩壊にもつながった。爆心地近くに入ったことを家族に話していなかったことを国は〝却下の正当化〟に使っている。今も被爆者であることを隠し続けている人も少なくない。その方々の思いを考えるとがんばらねば…と思う。

健康を害した被爆者が長い裁判を闘わないと認定されない、という状況を変える判決を願う。

Nさん 被爆の瞬間のことは忘れることができない。ヘリコプターの爆音、雷、震災や津波…。その都度、原爆を思い出してしまう。

国が〝そんな体験をしているはずがない〟というなら、六十八年間、私を苦しめてきたことは何だったのか? 金が欲しいのではない。このがんが被爆によるものだと認めてほしいのだ。

弁護団 確定した一連の判決によれば当然認定されるべきケースで、国は平然と同じ主張を繰り返している。

法治国家では行政の誤りを正すのが司法の役割だ。「司法と行政は違って当然」というような傲慢な態度は許されない。〝どんどん切り捨てる。文句があったら裁判しろ。その元気がなければ泣き寝入りしろ〟というようなことをやめさせなければならない。



この日、国側は反論もなく、書面を提出するのみ。〝認定しろという判決がでたら、その人だけしたらいいんだ〟という不真面目な姿勢を見せていました。

(2013年10月27日付「兵庫民報」掲載)

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