記事を検索

2013年9月15日日曜日

観感楽学

六甲山頂に米軍基地があったことを覚えている人も少なくなった。一九四七年五月十五日、米軍が強制接収し当時の金で十二万二千㌦投入して通信基地が建設された。すでに米軍基地とされていた神戸港とともに六甲山の最高峰も市民が足を踏み入れられない地となった▼四基の巨大パラボナアンテナは米第五空軍(東京・府中)と九州を経由して在韓米軍をつなぎ、米軍のアジア戦略に重要な役割を果たしていた。七三年、平和団体などが六甲山頂の米軍基地撤去を求める請願を提出。自民党の抵抗で六甲山基地を名指ししなかったものの、「すみやかに神戸市にある軍事基地を撤去」せよとの意見書が全会一致で採択された(九月二十五日)▼翌七四年に神戸港の米軍基地が撤去。六甲山頂では基地包囲の人間の鎖(八四年)を経て八五年元旦から初日の出を迎えての「平和のつどい」が米軍基地前で重ねられ、九二年十一月、米軍通信基地の正式返還が確定した。その跡地に今度は自衛隊通信基地が建設されている▼神戸市会の基地撤去決議から四十周年となる今年、非核「神戸方式」を堅持して市会決議の平和精神を体現した神戸市長の登場が期待されている(K)

(2013年9月15日付「兵庫民報」掲載)

日付順目次