記事を検索

2013年9月1日日曜日

観感楽学

今年の八月十五日、私は、偶然、六十八年前のその時と同じ場所に立っていた。加東市滝野町にある景勝地「闘龍灘」を見下ろす広場の前である▼この滝近くの農家が私の母方の遠い親戚にあたり、戦時中疎開していたところである。このとき世話になった「おたね」さんという女主人が九十七歳でなくなった盆供養のため、久方ぶりにたずねたのが十五日の正午だった。広場に車を止め、何気なく周りを見回したとき、「たきぢ食堂」という看板が目にとまり、突然、六十八年前の光景がよみがえってきた▼当時、私は五歳、その日も真夏の太陽が照りつけていた。食堂前の道路に大勢の人が集まっていて、ボリュームいっぱいに上げたラジオからピーピーという雑音とともに天皇がよみあげる「爾臣民ニ告ク」という「詔書」を聞いた。何を言っているのかよく分らなかったけれど、大人たちは戦争が「終わった」という腰が抜けたような脱力感と言葉にならないむなしさからか、みんなおし黙って泣いていた▼あの日から六十八年「たきぢ食堂」は、まるで時間が止まっていたかのように当時と同じ場所にそのまま残っていた▼夏休み、我が家にやってきた六年生の孫は、宿題の自由研究で『少年H』の感想文を書くらしい。 (D)

(2013年9月1日付「兵庫民報」掲載)

日付順目次