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2013年9月8日日曜日

東日本大震災救援ボランティアレポート(第26次)

培われてきた「信頼」

黒田みち(川西市議)


  • 日本共産党兵庫県委員会第26次東日本大震災救援ボランティア
  • 8月24~26日:郡山市・緑ヶ丘仮設住宅


米や水、枝豆を届けました

私は、昨年十一月の県女性後援会ツアーに参加。今回、党の第二十六次ボランティアで、郡山市には九カ月目の訪問となりました。

八月二十四日(土)。金田峰生東日本大震災救援・復興闘争本部事務局長運転の車に、神戸の森本さんと三人、兵庫県産玄米、「六甲の水」を支援物資として出発。その日の夕方、「郡山市被災者支援センター」に到着しました。

一方向ではなく一緒に参加できるよう

郡山地区・被災者支援センター大橋利明責任者と活動の打ち合わせ。

今回の訪問先・「緑ヶ丘応急仮設住宅」(富岡町の被災者が入居)は、初めての戸別訪問です。

大橋さんから―これまで自治会から戸別訪問を断られてきたが、日常的な訪問・支援を繰り返し、一方向ではなく入居者自身が参加できる活動をと工夫してきたこと、参議院選挙で党が躍進したことからあらためて「戸別訪問」と「住民の方との交流・懇談会」を申し出て快諾されたこと、数日前には兵庫県からの訪問を知らせるチラシを全戸に配布、準備完了―との説明を受けました。

震災からの時の経過とともに移りゆく人々の現状に寄り添いながらの活動、その誠実さに培われてきた信頼の賜物が今回の戸別訪問実現であり、「参議院選挙で福島県双葉郡の比例票は前回の倍」との報告に納得しました。

「今から共産党の皆さんが伺います」と自治会長さんが放送

戸別訪問して要望などを聞く黒田市議(左)

二十五日(日)。一緒に訪問する地元の方や民青同盟の若者と合流・打ち合わせ。兵庫県の支援物資と地元党員の方の畑で採れた箱一杯の「黒豆の枝豆」を乗せて仮設住宅へ出発。

自治会長の北崎一六さんたちに出迎えていただき、二人一組五チームで訪問。「今から日本共産党の皆さんが伺います」と自治会長さんの声が放送で流れました。大橋責任者は「こんなの初めてですよ」と嬉しそうでした。

「阪神・淡路大震災でお世話になった兵庫県から来ました」と訪問しました。お話を伺い、午後からの「交流・懇談会」にもお誘いしました。

グループに分かれ入居者どうしも気軽に話せた懇談会

「懇談会」には、仮設住宅から十七人、神山悦子県議も来られて、集会所の部屋はいっぱいになりました。

「帰れるかどうか、はっきりしてほしい」「二年五カ月たっているのに全く先が見えない」「汚染水流出の問題を含め、収束していない現実。誰が責任を取ってくれるのか」「同じ富岡町なのに放射線量で区別されていく」「甲状腺検査を全県民にしてほしい」「この仮設は同じ町だから安心だ」「町っていうのは役場があって、学校や病院があって、ちゃんと機能しとらんといかん」―など不安や憤りの声とともに、避難指示区域の変更などに翻弄されながらも、帰ることができない人を気遣い、家族と一緒に住めることを願い新しい町へと希望を託したいとの声も出されました。

北崎自治会長が「みんなが気持ちよく住めるように、(みんなが気持ちよく)この仮設から出ていくことができるように」と挨拶で言われた言葉にその思いが凝縮されています。

地元の人の思い・願いを繋ぎ広げよう

訪問・懇談後、センターで「活動のまとめと神山県議による学習会」が開かれました。高橋善治郡山市議(地区委員長)も参加しました。


活動のまとめでは、「交流・懇談会は四グループに分かれ、みんなが気軽に話せるとりくみだった」「やっぱり地元の人に学ぶこと。その想いや願いをどう繋ぎ広げていくか」など話し合い、仮設住宅と周辺住民との連携、仮設住宅どうしの連携など課題が見えてきました。

学習会では、神山県議が、福島県の現状と「住民合意」を大切にしながら「復興と被災者支援、原発ゼロへのとりくみ」について資料を基に説明するとともに、復興住宅や廃炉の問題など日本共産党県議団のとりくみを報告しました。

最後のおひとりの支援が終わるまで

「絶対忘れない。最後のおひとりの支援が終わるまで」の決意を、被災者のみなさんから聞かせていただいた声とともに、しっかりと胸に刻んだボランティア参加でした。

第26次ボランティアの面々



(2013年9月8日付「兵庫民報」掲載)

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