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2013年7月10日水曜日

平和行進兵庫入り

憲法が輝く非核・平和の兵庫県を日本を作ろう


二〇一三年国民平和大行進が兵庫県入りしました。日本海コースは四日に京都から引継ぎ、九日に鳥取へ引継ぎました。太平洋コースは七日に大阪から引継ぎ、十六日に岡山に引継ぎます。

参議院選挙と兵庫県知事選挙に加え、垂水区の県議補欠選挙、淡路市議選、上郡町議選と選挙真っ最中、国民の政治的関心の高まる中での平和行進となりました。参加者は、猛暑・荒天をついて「憲法が輝く、非核・平和の兵庫県を、日本をつくろう」と元気よく声をかけ行進。沿道からは声援やねぎらい、カンパが寄せられています。

日本海コース


激しい雨の中、日本海コースの引き継ぎ集会

七月四日の河梨峠での引き継ぎでは、但馬原水協の福井茂夫理事長の挨拶につづき、毎年神戸から参加している西岡幸利氏(国民平和大行進兵庫県実行委員会委員長)が補助いすで体を支えながら挨拶。また、百歳を超えても毎回参加していた元教員が今年は参加できなかったとの報告もあり、激しい雨の中でしたが、参加者らは平和と核廃絶、原発ゼロへの熱い思いを新たにしました。

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城崎の温泉街を行く
城崎コースの出発式で挨拶に立った古池信幸豊岡市議は、中貝宗治市長に「非核都市宣言」への賛同を議会で何度も要請したが拒否されたと報告。参加者から怒りの声があがりました。

行進中には浴衣姿の観光客、子どもたちが手を振ってくれました。昨年、五千羽の折鶴を託してくれた九十歳の女性は今年、体調が悪く折鶴は折れなかったものの店先へ出て行進団に握手を求め、激励。一同を感動させました。

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豊岡市民会館駐車場での豊岡コース出発式には、民商、新婦人、労連、高教組、年金者組合、日本共産党、豊岡合同法律事務所などから約五十人が参加しました。

全国通し行進者の竹田昭彦さん(73)=平和遺族会=は十年ぶり二度目の日本海コース行進。父親は終戦直前に南方戦線で戦死、末の弟は父の顔を知らずに生まれ育ったことや、退職してから十三年間、毎年平和行進に参加していると報告しました。

但馬通し行進者、米田勝さん(民商)、片山寿三さん(平和遺族会)、湊崎紀代美さん(原水協)が紹介され、長崎での世界大会に参加を予定している米田さんが涙ながら決意を表明し、激励の拍手に包まれました。

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この後、出石・日高(五日)、村岡・香住(六日)、養父・八鹿(七日)、山東・和田山(八日)、温泉・浜坂(九日)の各コースを歩き、鳥取県へ引き継がれます。(この項=西野重幸=但馬原水協事務局)

太平洋コース

太平洋コースを行進する兵庫労山会員ら

七月四日、川西市役所前では新日本婦人の会の巨大タペストリーが大阪からの行進団を出迎え。日曜日にもかかわらず川西市が用意してくれた冷茶でのどを潤し、引継ぎ集会。

西岡実行委員長の決意表明、川西市長・議長のメッセージ紹介に続いて、全国通し行進者の村田澄男さん(65)=東京八王子原水協=が「広島まで歩き通す」決意を語りました。県内通し行進者の九人も紹介され、兵庫労連、川西・猪名川地域労連、福祉保育労組、民医連、新婦人、年金者組合など約百六十人が元気よくスタートし、「核兵器廃絶」を沿道に訴えました。

毎年の平和行進で先頭に立つ兵庫労山は、「平和だから山に登れる」と労山の平和への取り組みをリードし、平和行進も続けて参加、昨年逝去された阿部順一郎副理事長(当時)の遺影を掲げて行進しました。(この項=兵庫県実行委員会のニュースなどから)

網の目行進


三木市での平和行進

行進に連帯して三木市(六月二十九日)、中央区(七月三日~五日)など県内各地で「網の目平和行進」が取り組まれています。

(2013年7月14日付「兵庫民報」掲載)

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