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2013年5月19日日曜日

東日本大震災青年学生ボランティア

発生直後と変らない光景、帰宅できない避難者の声に衝撃


五月三日から六日、兵庫青年学生ボランティアツアーが行われ、総勢十四人が郡山市のセンターを中心に、ボランティア活動にとりくみました。

フィールドワーク


四日のフィールドワークでは、浜通り医療生活協同組合理事の半澤紘さんの案内で、いわき市から広野町、楢葉町、富岡町を訪れました。

原発作業員の集結基地となっているJビレッジでは、防護服を着た作業員が出入りしていました。半澤さんから、「仕事を失うと困るから放射線測定器を鉛の筒にいれて、わざと浴びた線量を低く見せている人もいる」という説明に一同衝撃をうけ、「ゾッとした」「若い人を十何次下請けまでさせ、安い賃金で危険な目をさせていることに腹が立った」などの感想を寄せています。そのなかで、「ご相談は日本共産党へ」という看板が労働者を励ましているという話に、「共産党があんなポスターを出していることを初めて知った。もっとアピールしたい」との感想も寄せられました。

三月二十五日に避難指示解除準備区域として、昼間入れるようになった富岡駅の周辺は、参加者に大きな衝撃をあたえました。地震が起こった時刻を指したままの時計、折れ曲がった電柱、崩れたままのホーム、車がつっこんだままの家、反転しているプレハブ倉庫などを目の当たりにして、参加者は、「被災地をまわって、やっぱり壊れている家、駅を見るのはつらかったです、見たことも無いような亀裂の入り方や傾き方、家の中の荒れ方などもすさまじくて、目をふさぎたくなるほどでした」「二年前テレビで見た光景が目の前にあった。ありえない光景だった」など、率直な思いを語っています。

避難者から聞き取り


翌五日は、郡山市内の仮設住宅で、双葉町、川内村から避難されている方からの聞き取り調査を、郡山の救援センターの人たちといっしょに行いました。

淡路から参加した大学一年生のOさんは、六十三歳の女性と対話。「よくしてもらっている」といいながら、「家には戻りたい。東電や政府には、『いつ帰れるようになるのか』をいってほしい。『収束宣言』なんて絶対ない」と語りました。

神戸市内の大学にかようMくんは、訪問をおえ、「みんな不満はないといいながら、『子どもや孫に富岡の桜並木を見せてやりたかった』というおばあちゃんの言葉に原発事故の深刻さを感じた。自分に何ができるかわからないけど、被災者のために力になれることをしていきたい」と感想を語っています。

参加者は、福島で見て、聞いてきたことを伝えようと報告会を六月八日に計画しています。


(2013年5月19日付「兵庫民報」掲載)

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