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2013年5月12日日曜日

東日本ボランティアレポート:明石から

「また来てほしい」の声にこたえ、また行こう

新町みちよ

四月二十四日から三日間、福島県に行ってきた。昨年六月、衆院選挙の候補者として郡山市の仮設住宅を一軒一軒訪問して以来、十カ月ぶりである。

まずは、子どもたちがお昼寝する前にと富岡町の保育所を訪問。一部屋しかない保育室に一歳から三歳までの十一人がお弁当の真っ最中。おみやげに持って行った金田峰生さんおすすめの明石のお菓子を手渡した。

おどろいたのは放射線量が高いため、外で遊べるのは一日たった三十分。そのため富岡町の多くの子どもたちは県外に避難。また保護者の七割が求職中とのことでした。

ここの仮設住宅は戸数約五百。川内村、双葉町、富岡町から避難された方々が住んでおられる。二年たっても復興の見通しがもてず、閉じこもりが心配されている。

今回の集会所での「蕎麦打ち」計画は、少しでも集まって、被災者みずから立ち上がる一助にと郡山在住の吉川一男氏をはじめ被災者支援センターの人たちの思いからとりくまれた。

蕎麦を食べながら懇談。「村に帰れるようになったといって、『賠償』が昨年八月で打ち切られた」とのこと。東電からの「賠償」は「交通事故」を基準にと一カ月十万円に過ぎなかった。

「帰りたいが帰れない」「村の働くものの半分は東電関係」「仕事はない」「原発さえなかったら」「原発がにくい」などと次々訴えられた。

「共産党はよくしてくれる」「また来てほしい」との声に「また来ます」と約束した。福島へ行く。「原発即時ゼロ」のためにも福島へまた。

(2013年5月12日付「兵庫民報」掲載)

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