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2013年3月3日日曜日

小林多喜二記念集会

生活も生命も思想も団結通じ確保される闘い


小林多喜二没後八十年生誕百十年記念集会が二月二十四日、県立のじぎく会館で開かれ、会場いっぱいの三百五十人が参加しました。


グループ・ジュネス・ファミリーアンサンブルが、多喜二も口ずさんだ「折れば良かった」(ブラームス)などを演奏してオープニングを飾りました。

ノーマ・フィールド氏
記念講演を行ったのはシカゴ大学名誉教授で日本文学・文化研究者のノーマ・フィールド氏。「いま、だれが社会変革のにない手になるのか」と題し、小林多喜二の問題提起をヒントに、東日本大震災・福島原発事故後の日本社会の問題点とその打開の運動のありかたについて、やさしい言葉で説きほぐしました。

ノーマ氏は、多喜二が「戦争とファシズムの時期」と書いた一九三二年と比べ、現代はそれら二つに加え「生態系の破壊」の相乗効果が顕在化している述べました。

アフガン・イラク戦争など米国の戦争が自国民にも与える傷の深さとともに、いじめ・体罰、管理教育など「武器なき暴力」が日米ともに深刻になっており、特に日本では「迷惑」という言葉で自主規制する傾向があること、「一人ひとり」が強調されることで、憲法九条を守りたいなどの思いが個々人の内面に封じ込まれるおそれがあることなどを指摘。ヒーローが必要になった時点では一般の人々が運動に参加することは困難であり、そうなる前に団結して闘うことが必要だと強調しました。

多喜二が『安子』で描いた「お恵」と同じように、原発事故で苦しめられている福島の人々はじめ、ほんらい運動が必要な人々が分断され、運動に参加できない状況がある―と子どもの避難・保養、原発労働などの例をあげました。

その上でノーマ氏は、「多喜二たちの運動が目指した、いや実現しつつ弾圧されたのは特定の結果というより、人間の尊厳を取り戻す闘いそのもの。一人ひとりの生活も生命も思想も、団結をとおして確保される闘い。これは社会の最底辺におかれた人々の主体性の問題でもある」と結び、「手をたずさえて大惨事の時代を生き抜いていきましょう」と満席の聴衆に呼びかけました。

続いて、島村輝フェリス女学院大学教授、小森陽一東京大学教授との鼎談も行われ、講演の内容を深めました。

(2013年3月3日付「兵庫民報」掲載)


ノーマ・フィールド氏も参加する「シカゴ大学アトミックエイジ」サイト:
http://lucian.uchicago.edu/blogs/atomicage/

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