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2013年2月17日日曜日

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟裁判傍聴記

副島圀義

大阪地裁二月八日の法廷は、ひとつのグループの結審。原告代表の方と二人の弁護士が審理終結にあたって意見を述べました。そのごく一部をご紹介します。

《Wさん》

六十七年間、原爆で苦しんできた。焼けただれ片目がなくなった姿で「水をくれ」と手を伸ばしてきた女性…。昨晩もその姿がうかび、眠れなかった。甲状腺機能低下症となり、「積極認定の対象疾患」のはずなのに申請後二年も放置。速やかな審査を求めて提訴したとたんに却下。それから三年。

国側代理人は爆心地近くに入った事実すら「信用できない」という。私たちがうそをついているようなこの姿勢が悔しく怒りでいっぱいだ。

総理大臣、厚生労働大臣等々。一度、無防備で原発の中に入ってみたらどうか、と言いたい。

国は、福島の人々にも、私たちと同じ苦しみを与えるのではないか。国の姿勢を改めさせるあたたかい司法判断を。

《塩見弁護士》

原告のHさんは判決を待たずに亡くなった。認定申請しても返事が来ない。審査を求めて提訴した直後に却下通知。その間にも容態は悪化し、昨年夏には、病床から起き上がることができず、臨床尋問となった。せめて一年、認定が早ければ…。

《尾藤弁護士》

(もうこれ以上、被爆者が裁判をしなくても解決するように、との)国と被爆者との「八・六合意」以後も、国は認定却下を続けてきた。裁判所の指示によって、行政に責任を認めさせ不法行為を改めさせるよう求める。




判決は八月二日。「ヒロシマ」の直前です。この原告グループのほか、多くの被爆者がたたかいを続けていますが、文字通り「時間がない」。

裁判後の集会では「速やかな解決への政治の責任は重大だ。同時に、その政治を動かすのは私たちだ」と、藤原精吾弁護団長が、重ねて訴えました。

(2013年2月17日付「兵庫民報」掲載)

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