意見書について
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一九九五年(平成七年)に発生した阪神・淡路大震災では、住家の全半壊がおよそ二十五万棟、約四十六万世帯も生じた。当時、被災住家に居住していた多くの住民が仮設住宅に避難しており、自ら住宅を確保することが困難な状態にあった。そのため、住民らに対して、恒久住宅対策が必要となった。住宅対策の中心は公営住宅に求められたが、阪神・淡路大震災のような大規模災害時には、地方公共団体がストックしている公営住宅だけでは、到底すべての希望者に供給することはできなかった。そこで、阪神・淡路大震災では兵庫県内の各市町が、借上げ公営住宅方式を採用した平成八年の改正公営住宅法に基づき、民間住宅所有者等から住宅を一括借上げを行う方式をとって、被災者に住宅を供給していった。この方式を借上げ公営住宅方式という。この点、借上げ公営住宅には、兵庫県や神戸市などが都市再生機構(UR、旧住宅・都市整備公団)から住宅を借上げているものと民間住宅から住宅を借上げているものとがあるが、いずれも二十年間の期間を定めて借上げる賃貸借契約を締結し、同契約の賃借人である兵庫県や神戸市などが賃貸人となって、入居者との間で建物賃貸借契約を締結している。
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借上げ公営住宅は、地方公共団体は住宅の所有権自体は取得せず、第三者が新築したり、又は所有している住宅を賃借して、これを公営住宅とすることを予定したものである。従前の公営住宅では想定されていなかった関係、すなわち、「建物所有者=賃貸人、事業主体=賃借人、入居者=転借人」という三者間の法律関係が生じ、建物所有者は、自己の利益を図る目的で、所有者自らが事業主体と入居者との転貸借契約を承諾する関係に立つ。そこで、事業主体が所有者に対し、二十年の借上げ期間満了時に当該建物から入居者を退去させ、所有者に対し借上げた建物を確実に返還するために、平成八年に公営住宅法が改正された。特に、地方公共団体の長等が、入居者に対して、予め入居時に、借上げ期間の満了時を明示し、期間満了時に当該住宅を明渡す必要がある旨を通知する事前通知制度、及び(公営住宅法二十五条二項)、事業主体の事前通知を要件として、事業主体が所有者に対し、二十年の借上げ期間満了時に当該建物から入居者を退去させられる新たな制度を設けた(法三十二条第一項・第二項)。
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ところが、神戸市は、被災して仮設住宅に居住している被災者に対し、「終の棲家」として居住できる恒久的な住宅であると説明し、借上げ公営住宅への入居事業を進めた。そのため、神戸市は、入居者に対し、借上げ公営住宅が入居後二十年をもって退去をしなければならない住宅であるとの事前通知を行わなかった。したがって、神戸市は、入居者に対し、公営住宅法に基づき、明け渡しを請求することはできない。また、①借地借家法の規定では明け渡し請求が困難であると考えられたために公営住宅法が改正されたという平成八年改正の趣旨や、②借地借家法二十八条の正当事由を満足しないことから、借地借家法による明渡しの請求もできない。
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しかし、神戸市は、借上げ公営住宅の入居者に対し、入居後二十年をもって、その後の入居継続を認めず、退去を求める方針を打ち出した。これは明らかに現行法令に違反する方針である。この神戸市の退去方針に対しては、高齢であること、病院などへのアクセス、地域がバラバラになる、新たな地域へとけ込めるか不安であるなど、いずれも高齢者の健康で文化的な生活に直結する理由により、反対する入居者が多数を占めている。震災後二十年を経過した後の神戸市の今般の方針は、高齢者の住居を喪失させるにとどまるものではない。入居者が構築してきたコミュニティを、神戸市の震災後における公営住宅事業政策によって、一度ならず二度までも奪うことを意味し、現在の入居者の生存権に重大な影響を及ぼす危険性がある。
他方、借上げ公営住宅の所有者に対する調査結果からみても、契約の継続を希望するか、神戸市からの申し入れがあれば、引き続き契約更新に応じる意向の所有者が圧倒的に多く、所有者が退去を求める意向によるものではない。入居者の居住が継続できるかどうかは、公営住宅の事業主体である神戸市が借上げ期間を更新するなど入居者の生命、健康、財産に配慮した政策を実行する意思・対応を行うかにかかっている。
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当支部としては、神戸市が、一刻も早く、上述の方針を撤回した上で、入居者の生存権に思いを致し、誠実に必要な措置を講じるよう意見するものである。(2012年10月21日付「兵庫民報」掲載)