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2012年9月16日日曜日

震災1年半:学校被害のいま

稲次 寛(北はりま教育9条の会事務局長)

山元町中浜小学校グラウンドに山積みの車

東日本大震災から1年半を前に、学校の被災実態を知るため、北はりま教育9条の会の仲間2人で8月末、宮城県を訪ねました。現地では宮城歴史教育者協議会の手代木彰雄さんがガイド役を務めてくれました。

名取市閖上(ゆりあげ)地区は、車で避難する人で交差点が大渋滞し多数の犠牲者が出ました。閖上小学校体育館には位牌やランドセル、衣類、写真などが展示してあります。子どもたちは2階に避難し助かりました。

山元町中浜地区は平野部で高台がありません。小学校の子どもたちは校舎3階へ逃げ無事でした。決められた避難場所は2km離れた坂元中学校でした。津波襲来まで一刻を争うなか、小学生に避難路2kmは無理です。校長の判断が生死を分けました。

仙台市の海岸部、荒浜小学校周辺も高台がなく、住民ともども4階まで避難しました。

石巻市門脇地区の住民は小学校に避難しましたが、押し流されてきた車の火災が引火。裏の日和山へ逃げて助かりました。焼けた校舎が残っています。
被災地にビルが横たわる女川町

女川町では町立病院から被災地を一望しました。横たわったビルの3つを残存することが決まっています。

石巻市大川小学校に建つ慰霊碑
河口に近く児童の7割が行方不明になった石巻市大川小学校の慰霊碑前には、私たちが訪れた日も手を合わせる人たちがいました。

現地で、自然の力、津波の威力を教えられました。津波で助かった例と犠牲になった例は、紙一重の差です。

間借りで授業を再開していますが、県が学校統廃合を進めているのも問題です。現地で話を聞くことの大切さを実感しました。

(2012年9月16日付「兵庫民報」掲載)

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