2012年4月29日日曜日

がんばります!衆院小選挙区候補:9区

希望もてる社会へ

兵庫9区 新町みちよ予定候補


神戸大空襲で焼け出され、疎開していた母の実家(家島町真浦)で、1947年3月、私は生まれました。父は国鉄労働者だったので間もなく、西明石の国鉄官舎に入り、花園小学校、望海中学校、明石南高校で学びました。

小学校5年生の時、器楽クラブに入部し、中学校もマリンバを、高校ではフルートに熱中しました。

高校卒業後、国際電信電話株式会社(現KDDI)大阪支社に入社、同社は当時、日本電信電話公社から別れた国際通信の独占企業でした。

労働組合は社会党一党支持のいわゆる「御用組合」。新入社員は試用員期間に、「民青に入るな」「民青と口をきくな」と訓練され、近づけば尾行がつきます。そんななか初めて、「社会がどうなっているのか?」「政治とは?」など反面教師的に考えさせられました。日本共産党の人たちとの出会いがあったからです。

1970年、「日本共産党は正しい、と分かったのに入党しないのは卑怯だ」と入党しました。結婚後も働き続けながら5人の子育てをし、ゼロ歳から入れる保育所づくりや学童保育の運動、新日本婦人の会の子どもと教育を考える活動などにかかわってきました。

そして、子育てに少しだけ余裕ができたころ、県議会議員立候補のお話がありました。「なんで私に」と思いましたが、入党の初心に返って「前を向いて生きよう」と決意。91年、95年、3度目の99年に、明石で初めての日本共産党県議会議席を得ることができました。以降3期12年間、みなさんに支えられ、がんばることができました。

今回、衆院小選挙区への立候補は、国民の怒りを受けとめ、未来への展望をひらく役目と考えています。比例近畿ブロックでの4議席獲得で、堀内照文さんを必ず国会へ送るため、その一翼を担うとともに、悪政や逆流に対峙し、希望のもてる政治を語りに語り、その実現へ、淡路と明石を結び力いっぱいがんばる決意です。

(2012年5月6日付「兵庫民報」掲載)