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2011年11月27日日曜日

救援ボランティアレポート(第10回)福島県いわき市

元の生活に戻す政治責任
田中 信一(東播地区委員会)

左端が田中氏
日本共産党兵庫県委員会の東日本大震災第10次救援ボランティアに参加し11月6日、福島県いわき市へむかいました。

福島県内だけでも11月10日現在、173カ所に約1万6千戸の仮設住宅が建てられ、いわき市好間工業団地には大熊町要請の仮設住宅が2カ所に240戸完成しています。10月から入居が始まっていますが、2、3日前に移ってきた人もいました。

7日朝、仮設住宅を大熊町議の石田洋一さんを含む2人1組3班で訪問。「共産党のボランティアです」と言うと、門前払いは1軒もなく快く応対してくれました。「建てて3年の家が大熊にありローンを払っている」「地震や津波にも大丈夫だった家があるのに」「もう帰れないと思う」「帰れたらなと30%願っていますが」と、これからの暮らしに不安を隠せない様子です。

家族に原発関連の仕事も多く「夫はいま現場に行っている」「私は2号機で掃除の仕事をしていた。いまは連絡待ち」。また「夫は仕事で埼玉に2週間行っている」「1人娘が仕事で千葉に行き寂しい」など家族がバラバラな状況も語られました。

夕方から、いわき市の住宅団地郷ガ丘に放射能測定結果のビラを配布すると、8日「私のところも測定ください」と事務所に数件の電話がありました。

津波被害がいまも手つかずの福島県いわき市
測定しながらビラを配布していると、車で追いかけてきた夫妻に「いま0.3μSv/hはあります」と測定器を見せると「ありがとう」とお礼を言われました。

まわっていると0.5や0.6と高いところがあり、いわき市も除染対策が必要だと思いました。

ビラ配布後、海岸線を見に行きました。四倉漁港には無残な船や車が寄せられて津波の凄さを見せつけていました。久之浜港は、瓦礫は撤去されていましたが、廃虚の街になっていて夕日が悲しく照らしていました。8カ月の時間がここでは止まっています。

仮設住宅の人たちが求める「元の生活に戻す」のは、政治の仕事です。

(2011年11月27日付「兵庫民報」掲載)