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2011年10月2日日曜日

座談会:住民こそ復興の主人公に(中の①)

阪神・淡路大震災でのコミュニティづくりの経験から

もと居た場所に戻りたい

堀内 被害の様相も、これからの復興の過程も、阪神・淡路大震災のときとは違ったものだと思いますが、被災者がバラバラにされ、どう、元に住んでいた街にもどるのかという根本のところでは、共通する面もあると思うのですが、阪神・淡路大震災のときはどうだったのでしょうか。

芦屋市西部地区
 都市計画決定を延期して
 住民合意を重視

芦屋市西部地区=2011年9月24日
平野 芦屋市は、西部地区と中央地区が区画整理の対象となりました。

震災後5年目に行政が出した文書がありますが、この2つの地域のコミュニティのあり方について、対照的な評価をしているんです。西部地区は、住宅が中心の20haの事業です。地域の8割が全壊、半壊も入れたら9割以上が被害を受けたという地域です。一方、中央地区は、全壊が6割程度で、商業地域もあれば住宅もあるという13haほどの地域です。

文書は、西部地区については、「復興まちづくりの手段としての土地区画整理事業手法を採用したことについては現在も様々な批判はあるが、住民自らがまち再興協議会の活動等を通じて『まちづくり』に積極的に参加し、発言して我が町の将来を真剣に考えていこうとする機運は着実に醸成しつつある」と評価。中央地区は、「震災直後に都市計画決定されたことや、減歩や建物の移転が生じることなどを背景に事業への不満や住民間に事業の進め方に対しての考え方の違いがみられた。今後は、住民の早期再建と事業の終束を急ぐとともに、地域コミュニティの回復が必要とされる」としています。

この違いはどこにあるのか。上からの計画の押し付けが、コミュニティを壊すなど、問題の大前提にありますが、西部地区でまち再興協議会の代表をしていた方のお話を伺うと、住民合意に時間がかかってもそこを大事にしたというのです。

西部地区は、中央地区と比べて、都市計画決定(第2段階)を半年以上も先に伸ばしての決定でした。

行政からも、学者サイドからも、「いまは区画整理事業しか手法はない」「早く」とせかされるし、また区画整理事業は地域に建築制限をかけるので、たしかに早くしないとだんだんと時間が経てば、先が見えずに域外に転出する方が出るなど元に戻れなくなってしまうわけで、一部の住民からも「早く決定して自宅を再建させてくれ」との声もあがります。

しかし、全体の住民合意を大変重視したことが、時間がかかるようにはみえても結果的にはよかったのです。

神戸市東灘区森南地区
 住民が依頼したコンサルタント
 行政の計画押し返す

東灘区森南地区=2011年9月24日
松本 神戸市東灘区の森南地区は、もともと戦災復興事業もあり、街が碁盤状に整備されていたので、住民からは「なぜ区画整理が必要なのか」と疑問の声もありました。しかし、行政から事業の網をかけられてしまいました。

まちづくり協議会など住民同士で議論して、最終的には、宅地だった部分を少しとってポケットパークをつくったのと、のちにJR甲南山手駅ができる南側に公園をつくった程度でした。

大々的に網をかけましたが、工事をやったところも、やらなかったところもありました。家の前の道を広げる計画だったので、後ろにずらしてすぐに建て直せる簡易な家を建てたものの、結局工事はなくなり、「それなら最初から2階建ての家を再建したのに」との声もありましたが。いずれにしても、行政が上から事業決定を押し付けてきた矛盾のあらわれです。

住民で議論して、行政の計画を押し返すうえで、コンサルタントの役割も重要でした。

すべての事業地域にコンサルタントを置いたのですが、神戸市が指定する人以外にも、自分たちで探してきたコンサルタントを置いて、それを市に認めさせ、予算をださせて事業を展開した地域もありました。公共用地比率を3割にするという制約のなかでも、減歩率を減らすなど知恵も出していました。

(つづく)

(2011年10月2日付「兵庫民報」掲載)

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